季節は巡り、由香は大学生活2年目の春を迎えようとしていた。
サークルは、お兄ちゃんの忙しさで、開催されることもなく、解散状態になっていた。
お兄ちゃんからの電話は、この数ヶ月のあいだに一度か二度だけだった。
「俺ね、夜仕事することが多いでしょ?だから目が疲れるんだ。目に良いビタミンって何だっけ?おまえ栄養士になるための勉強してるからそういうの詳しいかと思って」
という電話がかかってきたときも
「角膜や網膜の細胞みたいに表面のことだったらビタミンAでウナギとかかぼちゃに多く含まれてるのね。で、視神経の働きみたいに奥の方のことだったらB群。ビタミンB2は、目の充血や眼精疲労に効くよ。B2はレバーとか卵とか…」
と説明してる途中で
「ごめん、またお客さん来ちゃった。えっと、ウナギとレバーね。ありがと。そういうのあまり食べてないから食べるようにするよ。じゃあね」
それだけ言って切れてしまった。
彼も本当にそのことが聞きたくて電話してきた訳じゃなくて、なかなか電話出来ないことへの後ろめたさから電話してきてくれたのかもしれないが、たった数分の電話くらいもう少し何とか出来ないのかな…由香は行き場のない寂しさを抱えていた。
こういう切なさを、計ったように現れるのは、何故かいつも克己だった。
その日も、数ヶ月前のカレンダーを見ながら『この日が電話で話した最後だな』と由香がつぶやいた時に克己はやってきた。
「よ、少しは元気になったか?」
「もうよく分からない」
由香は、笑うことも泣くことも出来ない、中間地点の顔をしてみせた。
「あ、そうだ、由香、なんだかんだ言って、結局あいつとつきあってるの?」
ノボルのことだった。
「つきあってないよ。時間があるとき、一緒に遊びに行ってるだけ」
「それをつきあってるっていうんだろう?俺の誘いは散々断ってきたくせに」
「どうだろ?手も握られたことなくて、つきあってるって言わないでしょ?普通。自己嫌悪に陥るよ。彼のこと利用してるみたいでさ」
勝手な女だと思った。
心の隙間を他の男で埋めているに過ぎないと、実際に利用しているのだと、自分でも分かっているのに、悪いのはあたかも相手の方だと言わんばかりの台詞だった。
克己は、話も一段落したと思ったのか、袋に入ったクマのぬいぐるみを車の後部座席から取り出しながら言った。
「もうすぐ誕生日でしょ?これプレゼント」
由香は少しだけ笑顔になって克己からのプレゼントを受け取った。
「ありがとう。覚えていてくれたんだ、私の誕生日もぬいぐるみが好きだってことも」
「そのくらい覚えてるよ。未だに初めて出会った日もつきあい始めた日だって覚えてる。何せ俺がこんなに惚れた女はおまえしかいないんだから」
克己の言葉を、馬鹿にしたように由香は答えた。
「はいはい。ありがと」
「茶化すなよ。本気だよ、俺は。おまえの彼氏より絶対俺の思いの方が勝ってるのに」
「そんなこと言って、克己、ちゃんと彼女がいるじゃない」
「そんなの、すぐにでも別れて由香のところに戻ってくるよ。おまえさえその気になってくれたら」
冗談なのか本気なのか、克己の言葉はいつもこんなだった。
「彼もそんなこと言って、前の彼女のところに戻っちゃったのかな」
由香はため息混じりに言ったが、克己はそれについては答えなかった。