朝早く出て来たものの、海に到着したのは昼前だった。
鞄を取ろうと私は後部座席を振り返った。その時、段ボールに入った大量の本が目に入った。
「ね、この本、何?」
「何って、今から読むんだよ」
「今からって、海で読むってこと?」
「うん、海は本を読む場所だからね」
そう言うと、彼は、車の後部座席に置いてある、ぎっしりと本が詰まった段ボールを持ち出し、車のドアをお尻で閉めた。
『変な人…何で、海に行くのに本なんて持って来るかな?それもあんなにたくさん』と私は思ったが、それを口に出すのはやめた。
「俺は理工学部専攻してるんだけどさ、得意分野は国語。現国も古文も漢文もOK。国語は何でも大丈夫なんだよね。趣味は読書だし」
「じゃ、なんで文系じゃなくて、理工学部に入ったの?」
「よくぞ聞いてくれました。得意分野に進むよりも、あえて不得意な分野に進むのって、格好よくない?前から向かってくる風を切って走るみたいな感じで」
彼は自慢げにそう言った。
「何、それ。でも私の学んでる栄養学も理数系なの。高校の時の成績、数学、科学、物理は3年間通して4か5じゃないと入れないんだよ。それにうちなんて解剖まであるの、医学部みたいに。でも、私も一番好きな教科って言われると国語なんだよね」
「じゃあ、おまえも俺と一緒で、向かってくる風を切って走ってるんだ?」
二人は顔を見合わせて笑った。
笑いが途切れないうちに私は聞いた。
「そうだ、どうして海で本なんて読むの?」
「海で本を読んだら、波の音がBGMになっていい感じなんだ。前にバイクが好きって話したでしょ?高校の頃はバイクで海まで走って、そこで本を読む、なんてことしていたけど、最近はバイトや学校が忙しくて、そんな時間もないんだ。せっかく本を買ってもなかなか読めないし、今日は久しぶりに本を読もうと思って持ってきたんだよ」
私は『ながら』で何かを出来ないタイプなので、音楽を聴きながら本を読むということはなかった。が、波の音を聴きながらいうのなら、それはすごく素敵なことに思えた。