雨の街角

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| 2017.12.12 Tuesday |
第六章 苦悩 〜目に見えない厚い壁〜

「外で待っててくれる?もうすぐ休憩だから、近くの喫茶店でお茶でも飲もう」
お兄ちゃんがそう言うので、由香は外に出て待っていた。
「ごめん、お待たせ。あそこ、いつも休憩のときに行く喫茶店なんだ」
しばらくすると彼が一軒の喫茶店を指刺しながら出て来た。それはコンビニの先から続く商店街の入り口にある、古びた喫茶店だった。
店に入り、お兄ちゃんはコーヒーを2つ注文した。
マスターは、コーヒーをテーブルに置く際
「休憩かい?」
と彼に声をかけ、由香には
「ごゆっくり」
と言って下がっていった。
由香はいつも通り、スプーンをソーサーの奥に置いてブラックで飲み始めた。お兄ちゃんは、砂糖を2杯、そしてソーサーに置かれた小さなミルクポットに入ったミルクを、全て入れてかき混ぜた。
それはいつもと何も変わらない光景だった。
しかし、その日の二人のあいだには目に見えない厚い壁があった。
話したいことがいっぱいあったはずなのに、彼を目の前にしたら、その壁が邪魔をして由香は何も口に出せなかった。
「なかなか連絡が出来なくて…ごめんな」
お兄ちゃんがそう言うまで、二人に会話は全くなかった。
「仕方ないよ」
由香は少し笑って言った。
「駅前だから、ものすごく忙しいんだ、朝も昼も晩も。レジに20人30人と客が並ぶなんて、ザラで。もう毎日てんてこ舞い。レジが切れたら品出しだろう?手が空くのはいつも真夜中で。そんな時間に電話するわけにもいかなくて」
「分かってるって。気にしないで。それより身体は大丈夫?無理してない?」
分かってる…いや、分かってなかった。何も分かりたくなかった。本当は『こんなに会えないほど忙しいならバイトなんてもう辞めて』そう言いたかった。
でもお兄ちゃんにとって、バイトは、遊ぶためのお金欲しさではないことを、十分知っていた。
言えなかった。何も。

「ごめん。もう行かなくちゃ。休憩30分しかないんだ」
そういってお兄ちゃんがすまなそうに立ち上がった。由香は結局、何も話すことが出来なかった。
「ごめんね。急に来て」
「ううん、嬉しかった。ありがとう。また来てよ。先に出るけど、お金は払っておくからお前はゆっくりして行けよ。じゃあね」
「いいよ、そんなことしたら折角のバイト代が…」
と、由香は言いかけたけど、お兄ちゃんは伝票を持った手を振りながら、小走りで行ってしまった。
レジでマスターにお金を払うと、こっちを指差してあの子はもうちょっといるからと言うようなことを言い残してお兄ちゃんは店を後にした。
その後ろ姿を見送った後も、由香はしばらくぼんやりしていた。
どれくらいの時間が経ったのか、分からなかった。コーヒーはほとんど手つかずのまま完全に冷めてしまっていて、もう飲める状態ではなかった。
これからもこんな感じなのかな。もう以前のようには会えないんだな。
覚悟はしていたつもりだったけど、悲しかった。

カウンターの奥にいたマスターに頭を下げ、由香は喫茶店を出た。
車に戻り、彼の働くコンビニをのぞいてみた。帰ることだけでも伝えようと思ったが、コンビニのレジには、彼がさっき言ったように、多くの人が並んでいた。お兄ちゃんはレジを打ち、袋に商品を詰め、忙しそうにしていた。
もちろん、由香の姿に気づくこともなかった。
ドライブモードにシフトを入れ、ターンシグナルを右に出し、静かに車を発進させた。

それ以降も彼からの連絡はほとんどと言っていいほどなかった。
たまに店から電話をくれても
「ごめん、お客さん来たから。また電話するね」
と言ってすぐに切られてしまった。
由香の方もシフト表を見ながら受話器を手にするのだが、彼の忙しそうな姿を思い出すととても最後まで番号を押すことは出来なかった。

そんな日々が続いた。




〜隙間だらけの空間〜

写真の喫茶店も、前回のコンビニと同じく彼と行ったその喫茶店だ。未だにお店は同じ名前で同じテーブルと椅子の配置で残っている。この写真を撮った日は、彼と座った席が空いていたので、同じ場所に座った。
前回話したように、この喫茶店も辛い思い出の場所なのにその後一人で何度も訪ねている。彼と来たのは、この時の一回きりだったのに。

あの日、向かい合わせに座り、手を伸ばせば届く距離なのに、彼の心はどこか遠くにあるような、知らない人が座っているようなそんな気がした。
それは私だけではなく多分彼も同じことを感じていたと思う。
言葉を発さない二人の口にはずっと煙草がくわえられていただけだった。
私の代わりに紫煙が気持ちを伝えてくれないだろうかと思いつつ煙の行き先を眺めていた。

元々私たちはそれほど多くを語る方ではなかった。
私はおしゃべりな男の人が苦手だ。友達としてならいい。でもおしゃべりな恋人は無理。
私自身も恋人とはそれほどおしゃべりする方ではなく、互いの心を読み取れる間柄やそういう心の近さを求める方なので、言葉ですべてを知らせたり知らされたりすることが好きではない。
言葉で空間の隙間を埋めなければいけないような関係が苦手というか…

そんな二人だったけど、その日は輪を掛けたように無言の状態が続いた。それは話すことがなかったというよりは話せなかったと言った方がいいようなそんな感じだった。
その理由は私と彼では全く違うものだったのだけど、そのことに気づくのはもっとずっと後のこと。

とにかくあの時の重い空気はよく覚えている。
駅前にあるコンビニだから朝夕の忙しさは尋常じゃないこと、次の店長がなかなか見つからないこと、連絡出来なくて申し訳ないという謝罪の言葉…お兄ちゃんはそればかり繰り返し話した。
私は私で気の利いた言葉を掛けることも出来なかった。

あの時、これからもこんな感じで、今までのようにしょっちゅう会えるようにはもうならないのだろうということは何となく分かった。
でも、会えなくても、離れていても私たちは大丈夫という確信は持てなかった。


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| 2017.09.20 Wednesday |
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| 2017.12.12 Tuesday |
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