雨の街角

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| 2019.03.18 Monday |
第五章 幸福 〜十分過ぎる幸せ〜

元気になったよという連絡がお兄ちゃんからあったのは、彼を車で送り届けてから1週間くらい経った頃だった。
「この前は悪かったな。突然呼び出して、家まで送ってもらって。もう風邪も完全に治ったみたいだよ。ありがとう」
「気にしないで。本当にもう大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫、あのくらいの風邪。それから、来週の土曜日空いてる?この前のお礼にいいところ連れて行ってあげようと思って」
「確かバイトはまだ入れてないと思うけど」
「夜だけど大丈夫かな?あ、でも夜って言っても、この季節なら夕方の6時頃でも大丈夫かな」
お兄ちゃんは電話の向こうで、なにやらつぶやいていた。
「じゃ、4時頃迎えに行くね」
そう言って電話は切れた。

約束の日の夕刻。
車は、東西に流れる国道を西へ走った。
1時間ちょっと走ったところで国道を逸れ、途中から狭い道に入り、舗装された道から、土手沿いの砂利道を進んだ。少し広くなったところで、お兄ちゃんは車を止めて言った。
「着いたよ」
もう辺りは暗くなっていて何も見えなかった。
「何があるの?」
由香はお兄ちゃんの膝枕から頭を上げて聞いた。
「聞こえない?あの音」
お兄ちゃんはサンルーフを手で押し上げながら言った。
彼の言葉に、由香は耳をすませた。遠くから聞こえる音は、だんだんキーンというけたたましい高い音に変わっていった。
「飛行機?」
「そう、向こうの空見て。飛行機が帰ってきただろう?で、車の後ろ側を見てみろよ」
お兄ちゃんにそう言われて振り返ると、そこは滑走路だった。
車を止めている土手をかすめるようにして飛行機が滑走路に入ってきた。頭上、それもけっこう近いところに飛行機が飛んでくる。
滑走路にはすでに電気が点っていて、その赤や青や黄色に輝く光のラインはとても綺麗だった。
「すご〜い。綺麗」
しばらく声も出なかった由香は、目を丸くしながら言った。
「だろ?音もいいけど、夜の飛行機のライトや、滑走路の光も、すごく綺麗だろう?飛行機が飛んでいくところとか、滑走路だったら、空港から見えるところがあるけど、飛行機が真上を飛んでいるのなんて、この辺りではここからしか見られないんだよ」
「すごい、すごい。本当にすごいよ、お兄ちゃん。この前迎えに行ってあげたお礼には、もったいないよ」
「じゃ、おつり返してね」
そういって、お兄ちゃんは軽く口づけた。

二人で滑走路から飛び去る飛行機、空港に戻って来た飛行機を、何機も何機も見ていた。
夜の9時頃が一番ピークだというので、その時間までずっと。
車のルーフを開けて、シートを倒したまま手を繋いで、ずっと空を見ていた。
そこに会話はなかったが、由香は十分過ぎる幸せを感じていた。
『飛行機ってこんなに綺麗だったかな、こんなに素敵だったかな』

しかし、それは横にいたのが彼だったからであって、他の人とその場所に来ても、あれほどの感動はないだろうということに、由香は気づいていた。



〜猪名川の土手〜

この写真は関西空港の見学塔から撮ったもので、残念ながらあの時行った空港でもなければあの土手でもない。
お兄ちゃんが連れて行ってくれたのは171号線から少し道をそれたところにあった猪名川という川の土手で伊丹空港(大阪空港)の滑走路の側だった。
私はあの場所が大好きだった。
お兄ちゃんと行ったいろんな場所の中で一番好きだった。

彼と会えなくなってからも、あの土手に私は一人で通った。
でもどれだけ通っても、何も拾えるものもなければ捨てられるものもないことに気づき、行くのをやめた。
そのうち車の進入が禁止になり後に人の出入りも出来ないようにチェーンが張られてしまったと聞いた。
私たちがあそこに通っていた頃はまだそんなに多くの人がいなかったが、近所迷惑になるほど車や人が来るようになってしまい閉鎖されたようだった。

現在、あの辺りはどうなっているのかとネットで検索をしてみた。
「猪名川の土手 飛行機が見えるところ」
すると、あの場所に近い場所で未だに飛行機の離着陸が見られる土手があることが分かった。
私たちが行っていたのはいつも夜暗くなってからだったので、ネットに上がっている土手の場所の写真を見てもそれがあの時と同じ場所なのかは分からなかったがあの風景と似ていた。

でもそんな風景を見ていたら心が痛くなってきてパソコンを閉じた。
思い出したのだ。
初めて見た綺麗さに感激して声も出せなかったこと、手を繋いでずっと空を眺めたこと、二人で飛行機の離発着を数えたこと、時計を見て帰る時間を悟り切なくなったこと、喧嘩したこと、もちろん彼の横顔…

何故?どうして?
これだけ遠くなった過去なのに、どうして私は未だにあの時のことをこんなに大きく残しているのだろう。
彼とつきあっていた時、私はこの人とさよならした後、どうやって暮らしていくのだろうか…とよく思っていた。
けど、そんな心配をよそに私はちゃんと生きている。普通に暮らしている。
ただそこに彼がいない、それだけのこと。

…なのだけど。

私はあの猪名川の土手から、伊丹空港の景色から、もう飛び立つことはないのだろう。
いつまでもずっとあの場所に心を置き去りにして。


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| 2017.08.30 Wednesday |
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| 2019.03.18 Monday |
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