雨の街角

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| 2019.08.11 Sunday |
第五章 幸福 〜名残惜しい唇〜

車を降り、お兄ちゃんに手を引かれて着いたところは、周りに工場ばかりが建ち並ぶ埋め立て地の埠頭だった。
「前に本を読みにバイクでよく海に来たって言ってただろ?あれがここ。俺の指定席」
お兄ちゃんは防波堤の壁を指さしながら、そう言って微笑んだ。 
しばらくのあいだ、二人は防波堤に腰掛けて波の音を聞いていた。その音は初めて行ったあの海の音とは、また違った音に聞こえた。
目を閉じて波の音を聞いている由香に
「はい」
と言って、お兄ちゃんが火のついた煙草を差し出した。
「何?」
と言いながら受け取ると、お兄ちゃんが言った。
「いつも車で火をつけて渡してくれるじゃない?いつか、俺が火をつけて渡してあげようと思ってたんだ」

二人でその煙草を交互に吸った。
それ以来、二人きりになるとよくそうした。共有している気分が心地よかった。
でも、別れ際近くになると、二人は一切煙草を吸わなかった。
約束してそうした訳じゃないけど『別れのキスが煙草臭いのは、嫌だよね』と以前話してからだったと思う。
そして由香は煙草臭くない別れのキスを毎回受けた。
名残惜しそうにしてくれる、あの唇の感触が大好きだった。

気がつくと、夏休みに入ってからかなりの日数が経っていた。
お兄ちゃんに会う時間とバイトの時間をはずしながら、由香は教習所へ通っていて、8月の終わり頃、やっと免許がとれた。その免許を手に早速お兄ちゃんに電話をした。
「お兄ちゃん?今日ね、免許とれたの。これで後期から学校に車で通えるよ」
「おまえ、電車とスクールバス苦手だって言ってたもんな。良かったじゃないか、おめでとう。じゃ、早速俺が運転見てやるよ」
「いいよ…もし事故でもして怪我させちゃ困るし」
由香は断ったけど、お兄ちゃんは
「怪我したら、おまえに一生面倒見てもらえるから一石二鳥でしょ?」
と、訳の分からないことを言った。
「嫌だよ。とにかく、私は運転しないからね」
「じゃ、いいよ。運転しなくていいから、出かけよう。今から迎えに行くよ」
そう言って電話は切れた。

迎えに来てくれた時、お兄ちゃんは由香の赤い軽自動車に気づいた。
「もしかしたら、あの赤い軽、おまえの?」
「そう。頑張ってバイトして、卒業までに普通車買うんだ」
そんな由香の言葉を聞かなかったかのように、お兄ちゃんは言った。
「気をつけよう、赤いミニカの683」
「何、それ?」
「俺だけの交通標語」
「つまらないこと言わないでよね」
由香がちょっとふくれて見せると、お兄ちゃんはそれを見て笑った。



〜初めての車〜

私は免許を取る前に赤いミニカを手に入れた。免許を取ったらすぐに乗れるように(笑)とは言ってもビニールシートで4ナンバーの軽(自家用車ではなく貨物自動車)。ミニカの中でも一番安いものだった。確か車両本体で50万ちょっとだったように記憶している。
まだバイトを始めてから4ヶ月ほどしか経っていなかったので、その軽ですら、バイト料と以前から貯めていたお小遣いすべてつぎ込んでもやっと買えたのだった。

エアコンをかけるとものすごく動きが遅くなるし、人を乗せるとローギアに入れないと坂道を登らないし、アクセルを踏み込むとエンストする…という車だった。エアコンをかけると走らないので、夏は窓を全開で走り、冬はエンジンで暖めるという状態で、エアコンを使うことはなかった。
中でもアクセルを踏み込むとエンストするというのが一番厄介で、右折をする時は少しずつ少しずつアクセルを踏まないと、直進車が切れたからと踏み込んだ時点で車が止まってしまう。人に車を貸した時、その説明をしておいたのだが、よく分からなかったようで「おい、あの車何やねん。右折で曲がろうと思ってアクセル踏んだらエンストして死にそうになったぞ」と怒られた。いや、だからそう言ったやん…
何度も修理に出したが、直らなかった。値切りすぎたから不良品の車を押しつけられたのかも?(笑)

そんな軽でも、運転することが楽しくて楽しくて仕方なかった。遊びに行く時はもちろん、1回生の後期からは学校にも車で通った。嫌なことがあっても車をすっ飛ばすだけで忘れられるくらい楽しかった。
よく驚かれるのだけど、私が通った大学は許可を得ることが出来れば車通学可能だった。学生用の駐車場と教職員用の駐車場があり、学生用の駐車場には外車が多く、国産車でもソアラやクラウンなどの高級車が並び、教職員用駐車場には軽自動車かカローラ、サニーなどの大衆車が並ぶという皮肉な感じになっていた。だから私が軽自動車を学生用の駐車場に置くのはちょっと憚られたのだが。

ちなみに彼が「気をつけよう、赤いミニカの683」と言った「683」は下の写真をご覧頂ければ分かると思います。
お盆スペシャルで出してみました!とは言うものの、ちっとも可愛くも綺麗でもない、最高に写真写りの悪いものなのですが、ミニカと写ってる写真がこれしかなかったので仕方なく(笑)



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| 2017.08.15 Tuesday |
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| 2019.08.11 Sunday |
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