雨の街角

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第一章 嫌悪 〜切なさを知る〜

多分、今ここでこうやって話してる彼が、本来の彼なのだろう、由香は思った。
静か過ぎず、騒ぎ過ぎず、相槌を打ちながらお互いの様子を伺う二人。
しかし、その伺いは、いつものように裏の影を見るようではなく、ただ相手を知りたい心から来るものだった。

ふと、由香は思い出し笑いをした。
「何がおかしいの?」
彼は由香の顔をのぞき込んで聞いた。
「私ね、初めてのサークルの時、大嫌いだって思ったの、お兄ちゃんのこと。もっと言えばさっき居酒屋で隣に座ったのも、他に空いてる席がなくて嫌々だったんだよね」
「なんだよ、それ。ひどいな。俺、まだおまえと一言もまともに話してなかったのに?」
「うん、そう。けど、あのときの自分が、今こうやってお兄ちゃんに送ってもらって、こんな話してるのかと思ったら、人生何があるのか分からないんだなって」
「それはいいことなの?悪いことなの?」
「今のところはいいことかな。そのうちどうなるか分からないけど」
「一寸先は闇、とも言うからね」
二人は大声で笑った。

由香は、今まで誰かとこんな会話をしたことがなかった。
いつも、たいていは口を開いていた。
友達の口から出る話は、ブランドだのタレントだの、由香には興味の持てない話ばかりだった。しかしその話に乗り、それが楽しいフリをした。時には、先頭に立ってそんな話をした。
それは他でもない、自分の心中を知られないようにするためだけの、まさに演技とも言える会話だった。
そして人に向ける笑顔は、いつも厚すぎる仮面を被った顔だった。
悩みなんて一つもありません、というような、楽天的な態度は、実は由香の抱える本質の真逆だった。
そんなことをして意味があるのか、よく分からなかったけど、本当の自分を誰かに知られるのが怖かった。

しかし、その日の由香は、笑いたくて笑っていた。そして、話したくて話していた。
それは仮面の笑いではなかったし、心の底から楽しかった。
今まで男女ともにそんな人に出会ったことはなかった。
表面上仲良くしている友人もいたが、心底の話をしたことはなかった。
もちろん、自分の寂しさや苦しさや辛さや、そんなものを見せたこともなかった。

楽しい時間は、あっという間に過ぎてゆき、家に着いてしまった。
「うち、ここなの。ごめんね、また30分以上歩かせることになるけど」
「大丈夫。今日は話せて良かった」
「こちらこそ、ありがとう。気をつけて帰ってね」
由香がそう言って玄関の扉を開けようとしたとき、お兄ちゃんが声をかけた。
「また今度電話するよ。じゃ、おやすみ」
うなずきながら手を振る由香に、彼も手を挙げて帰って行った。
そのとき、心にチクッとした痛さを感じた。

それは生まれて初めての切ないという感情だった。




〜好きとか嫌いとかではない次元のところ〜

暗くてよく見えないが、この写真の道は文中出てくる、私が当時住んでいた家があった通りで、彼に30分以上かけて送ってもらった道そのものだ。本当に30分以上も歩いたのだろうかと思うほどにあの時の道のりは短く感じた。
あれからもうどれだけの時が経ったのかというほどに遠くなった日々なのに未だに私はこの場所を夜に通るたび、心がヒリヒリしてくるのを感じる。
彼が「おやすみ」と言って帰る時、ちょうどマンホールの上を通ったのか、スニーカーが「キュ」っという音を立てたのだが、その音すら私の耳には残っているくらいだ。

彼とは初めて会話する人とは思えないようないろいろな話をした。
くだらない冗談で盛り上がったりもしたが、これまで人に話したことがなかったような心の奥底にあったような話をたくさんした。あまり重くはならない程度に…だったが。
多分、自分と似ていることをお互いどこかで感じたのだろう。
出身校だの、趣味だのという自己紹介のような話は全くしなかったと思う。

あれから後、私は何人もの人とすれ違ってきたが、彼ほどに自分の心の中を話した人はいない。
どこかで私は彼を同士だと思っていた。
彼の方はどうか分からないが、好きとか嫌いとかそういう次元ではないところに私を置いてくれていたら…といつも思う。


今日アップした「切なさを知る」で第一章は終了です。
次は第二章 困惑が始まります。何に困惑することになるのか、お楽しみに!
っていうか、書いて読んで私一人楽しんでるんですけどね(笑)
自己満足の世界に少しでもおつきあい頂けると幸いです。


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| 2017.05.17 Wednesday |
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