雨の街角

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第一章 嫌悪 〜真意が見えない〜

「靴を履き替えたら、向かいの喫茶店に移動して下さい」
メンバーの男性が叫んでいるのが聞こえたので、みんな言われた通り、ゾロゾロと喫茶店に向かった。
全員が着席したところで、アイスコーヒーとケーキを人数分、と先ほどの男性が注文した。しかし、甘いものが苦手な由香は店員を呼び、私だけケーキなしで、コーヒーは砂糖とミルク入なら両方入れないで下さいと小声でお願いした。
「格好いい!お姉さんブラックですか?」
声のする方向を見ると、新井さんだった。
『やっぱり嫌いだ、あの男』由香は彼の言葉を完全に無視しながら、自分のその言葉をぐっと飲み込んだ。

「君、隣のレーンにいた、すごくボウリング上手かった子だよね?」
新井さんを睨む由香に、隣の男性が話しかけてきた。彼はさっきのんちゃんが駆け寄って、由香がサークルに正式に参加すると告げた男性だった。
「ボウリング、好きなんですよ」
褒められたことに気を良くして、由香は笑顔で答えた。
「抜群に上手かったよ。俺なんて100ぎりぎりだったし。おまけにもう体中が痛くて。高校の頃はスポーツ万能、モテモテ青年だったのになぁ。あ、俺、伊藤って言います。よろしく!」
自分を伊藤と名乗った男性は、首を左右にゴキゴキ振りながら笑って言った。
「よろしくお願いします」
由香は、少し微笑みを浮かべながら言った。
「伊藤!嘘つくなよ。えっと、俺は浅田、よろしくね。俺、こいつと高校のときからずっと一緒だけど、全くモテたことなんてありませんから」
反対側の隣の浅田さんがそう突っ込んできたので、3人は顔を見合わせて笑った。

それからしばらく由香と伊藤さんと浅田さん、3人で学校の話やボウリングの話で盛り上がった。
サークルなんて、恋人探しのつまらないところかなと思っていたけど、そうでもなさそうだった。まだよくは分からないけど、みんながみんな、恋人探しにギラギラしているようなところではなさそうだ。
それに普通だと知り合わないような人に出会うことが出来るし、ここから広がる輪が、もっと違う人と知り合うきっかけになるかもしれない。
そういう繋がりは嫌いじゃない。浅めの繋がりは好きだった。
ただ、男女共に深いつながりを持つことは、由香にとって苦手なことだった。

「じゃあ、今日はこの辺でお開きにします。次回のサークルについては、また後日連絡します」
小一時間ほど経ったとき、伊藤さんが立ち上がってそう言った。
喫茶店を出て、それぞれ帰途に着いた。
由香がのんちゃんとバス停に向かって歩いていると後ろから声がした。
「じゃ〜ね〜、ブラックコーヒーの格好いいお姉さん〜」
その声に振り返ると、腕に鈴木さんがぶら下がったままのふざけた男、新井さんだった。
「新井さんったら!他の女の子なんて見ないでよぉ」
鈴木さんはそう言いながら、彼の頬を叩く真似をしていた。
由香は、彼らに挨拶をすることもなく、踵を返した。

「ね、あの新井さんって人、いつもあんな感じなの?」
帰り道、一緒にバスを待つのんちゃんに由香は、嫌悪感たっぷりの顔つきで聞いた。
「どうだろ?私は学部が違うから、よく知らないけど、サークル発足の会をやった時にはあんなに騒がしくなかったよ。人望もあついみたいで、他の男子からも頼りにされてるよ。彼、リーダーだし、このサークルの」
のんちゃんは何気なくそう言った。
「え?あの人がリーダーなの?伊藤さんじゃないの?やっぱりやめておけば良かった」
由香はうつむき加減で言った。
「まぁまぁ。彼には彼の良いところもあると思うよ。それに、人間20人も集まれば、好きなタイプも、苦手なタイプもいるって」
「私、あの人とは仲良く出来そうもないよ。真意が見えないし」
「真意?10年以上つきあっても、私には未だ由香の真意が見えませんが?」
のんちゃんは首をすくめて、おどけながら言った。
彼女のいうことについては、その通りかもしれないと苦笑いしたけれど、新井さんについての話は何もうなずけなかった。



〜思い出の場所たち〜

ここで出てくるボウリング場も向かいにあった喫茶店も潰れてしまって今はもうない。

それらは国道9号線沿いにあった。
私が短大を卒業して勤めたディーラーの営業所も同じ9号線沿いにあって、そのボウリング場もそう遠くはなかったので、配属されてすぐの頃は仕事帰りに時々行った。仕事が軌道に乗り出してからは忙しくてとても行ける状態じゃなくなったけど。
ディーラーを辞めてからはあの辺りを通ることもなくなり、随分経ってから「あそこのボウリング場、潰れたんだって」と聞いた。

だから前回出したボウリング場の写真も今回の喫茶店の写真もそれらしい写真を撮って出してみたが、実際の場所とは違う。

9号線は私には思い出の場所が他にもたくさんある。
勤務先があっただけにその付近にあった喫茶店やファミレス、ファストフード…と思い出の場所は食べ物屋が多いのだが、中でも思い出深いのがMOKUというカレーが自慢だった喫茶店と大極殿という中華料理の店だ。
2店とも勤務先からは歩いて数分のところにあったからよく他の営業と一緒に昼食をとりに行った。

大極殿は夜行くとちょっと高級なお値段だったが、昼は極殿弁当というのがあって確か1,000円弱でそこそこお腹がいっぱいになるお弁当を出してくれた。私はこの店の野菜冷麺が大好きでちょうど今くらいの時期になって冷麺が始まるとそればかり食べていた。
そしてカレーが自慢のMOKU。この店の名前の由来は多分、机と椅子が全部木で出来ているからなんだと思う。それもちょっとごつごつしただけど座り心地の良い椅子と暖かみのあるテーブル。本社勤務になった同期の女の子が営業所に来た時はよく一緒にそのMOKUに行って先輩や仕事について愚痴りあった(笑)

あと、9号線から少し奥まったところにあった喫茶店もよく行った。その店は奥まっていることもあってうちの営業所の人たちはあまり立ち寄ることはなかった。店中は少し変わっていて入ってすぐには誰が座っているか分からないような造りになっていたので、1人になりたい時は最適な喫茶店だった。仕事で嫌なことがあったときや先輩の営業と揉めたり意地悪されたりしたとき、1人でそこに行って憂さ晴らしした。

MOKUと大極殿はもうなくなってしまったが、奥まったところにある喫茶店は未だにあるので、今でも昼休み、たまに行くことがある。その店に一緒に昼食をとりに行く同僚は、うちの会社に来る前、私がいたディーラーのすぐ近くにある別のディーラーで働いていた。だからMOKUも大極殿もよく行っていたらしく「あそこのカレー美味しかったなぁ」とか「大極殿つぶれてホント残念やね」とか「世間は狭いなぁ」とかそんな話をしながら笑っている。


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| 2017.04.20 Thursday |
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