雨の街角

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| 2019.08.11 Sunday |
第五章 幸福 〜難しい論説〜

その日は1時間ほどかけて、渓谷に行った。車から降りた二人は、休息所の丸太の椅子に腰掛けた。
「海もいいけど、こういうところもいいね。そう言えば、始めの頃のサークルで一度山に行ったよね。キャンプ場みたいなところ」
「うん、行った、行った。あの時、おまえ俺にわざわざ敬語遣って、嫌な感じだったよな」
お兄ちゃんは、鼻の頭に皺を寄せながら言った。
「だって…ほら、あのサークルの前に私、お兄ちゃんに好きだって告白しちゃったでしょう?なのに、お兄ちゃんは何も返事してくれなかったし…恥ずかしいやら悲しいやら、いろんな感情が入り交じっていたから」
「そっか、悪かったな。でも俺も突然のことで、返事のしようがなかったんだよ。自分の気持ちも整理出来てなかったし」
「そうだよね。突然あんなこと言われても困るよね」

二人が話す周りから聞こえてくるのは、少し遠い場所にある川のせせらぎと、鳥の声だけだった。

「今日は白のブラウスと、黒のスカートか。前にも白と黒の服、着てたよね。白と黒が好きなの?」
木のベンチで隣に座ってるお兄ちゃんが、由香の服を見て言った。
「そうだった?」
「ほら、居酒屋に行った日も、白のワンピースで襟のところが黒のを着てたじゃないか」
「よく覚えてるなぁ。そういえば着てたね」
由香はうんうんとうなずきながら答えた。
「あの日、真っ黒に日焼けして入ってきた姿をよく覚えてるよ。日焼けのことを話そうと思ったら、おまえ、ずっと機嫌悪くてさ」
お兄ちゃんは苦笑いしながら言った。
「でも帰る頃には、いろんな話するようになってたじゃない。あの日は居酒屋に行く前、のんちゃんとテニスしてたから」
「そういえば、のんちゃんって伊藤の知り合いなんだよね?おまえとはどういう友達なの?」
「小学校の時の同級生なの。私は中学に上がる時に引っ越したから中学も高校も違うんだけどね。サークルも彼女から強引に誘われたんだけど、今じゃ入って良かったと思ってるよ。友達も出来たし、何よりお兄ちゃんと知り合えたし。でも私、あれから鈴木さんには嫌われちゃったみたい。口利いてもらえないよ」
「鈴木さんか。そういえば、俺にも口利いて来ないな」
「俺にもって、お兄ちゃんは当たり前でしょ。あんなこと言っちゃったんだし」
少しあきれた顔で言った由香にお兄ちゃんは問いかけた。
「彼女の家、すごく金持ちってホント?」
「画廊の娘さんなんだって。彼女にしておけば良かった?家はお金持ちだし、逆玉だったのに」
「あの子には興味ないよ、俺」
お兄ちゃんはそういって少しため息をついたあと、言葉を続けた。

「ずっと前、分かり合えても上手くいかないこともあるって言ってたよね?あれ、どういうこと?」
「例えば、私が寂しいとするでしょ?私と似ているお兄ちゃんは、きっとそれを察知する。察知してもその寂しさをどうにもしてやれない時、罪悪感を抱いたりするでしょう?でも、もし私の寂しさを察知していなかったら、そんなこと思わなくてもいいじゃない?上手く言えないけどそんな感じかな」
「分かったような、分からないような。でも、おまえすごいな」
「どうして?」
「俺なんて、おまえより2年も長く生きてるのに、そんなこと考えたこともなかったよ」
「お兄ちゃんは、私が白と黒の服が好きだって知ってるじゃない?それでいいんだよ」
「何、それ。もしかして俺、馬鹿にされてる?」
珍しく、お兄ちゃんがすねた顔で言った。
「違うって。多くを知りすぎない方がいいってこと。何も知らないのは悲しいけど、全てを知ってしまうと、それはそれで、どちらかが辛くなってしまうかもしれないってこと」
「おまえの論説は時々難しくなるな」

そんなことを言って二人は笑っていたけど、後でその通りの辛さを見ることになるなんて、そのときは知る術もなかった。



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| 2017.08.20 Sunday |
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