由香は冷静な顔をして、言い訳の代わりにため息を一つついて言った。
「好きな人なら、いるよ」
「嘘つくなよ。誰だよ」
しばしの沈黙の後、真っ直ぐに彼を見て言った。
「あなたよ、お兄ちゃん」
『おいおい、冗談やめてくれよ』と笑ってくれるお兄ちゃんを、由香は勝手に想像していた。
彼がそう言って笑ってくれたら『嘘、嘘、ごめん』と謝るところだった。
しかし、彼はその言葉を聞いた瞬間、由香から目をそらせて下を向いたまま黙り込んでしまった。
二人の間には、不穏な空気が流れてた。
「お兄ちゃん?どうしたの?」
あまりに黙り込んだままの彼に、由香は顔をのぞき込んで聞いた。
お兄ちゃんの顔は真っ赤だった。
初めは夕日に照らされているのかと思っていた。
でも違う、絶対に違う、とその後由香は確信した。
「う、嘘…だろ?」
それは、偽りの告白に、明らかに動揺した、顔つきと言葉だった。
そんな人だとは、思ってもいなかった。
恵ちゃんが言っていたように、彼はサークルの中でとても人気だった。
由香も、初めてのサークルでの自己紹介の時、お兄ちゃんを見て『あの人、いいかも…』と密かに思っていた。
少し照れながら、でも一生懸命自己紹介する姿は好感が持てた。
それに、笑った時もすましている時も整っていて可愛い顔は好みのタイプだった。みんなが彼を良いという気持ちはよく分かる。
でも大騒ぎする彼の真意が、どこにあるのか分からなくなり、関わらない方が無難だと思った。
その上、彼に近寄る女の子を見てげんなりした。
そうして由香にとって、お兄ちゃんは好みのタイプから敵視する相手にまで、ランクダウンしてしまった。
モテるに決まっている男。それを内心、自慢している男。そんな像を勝手に作り上げてしまっていた由香は、自分の偽の告白に激しく動揺する彼の姿を見て困惑した。
でも、彼の「嘘だろう?」の言葉にはすでに首を縦に振ることが出来なくなっていた。
嘘だったけど嘘じゃなくなったような気がする、そんな曖昧な状態だった。
「好き」という嘘の告白に、ここまで動揺する、そんな彼に由香はその時、堕ちた。
冗談とは言え、自分から好きだなんて告白したのは、由香にとって、これが最初で最後のことだった。