雨の街角

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第三章 恋心 〜彼との約束〜

あのサークルの日の大雨は、梅雨入りのサインだったらしく、その後、毎日雨が続いていた。
由香は、講義中もぼんやりと外を見て、窓を伝う雨の滴を数える日々を過ごしていた。
そして前期の試験になり、しばらくサークルは休みになった。
会えないことが良いような悪いような、寂しいような、でも会いたくないような…
そんな曖昧な心を抱えながら、夏休みはやってきた。

のんちゃんから次のサークルの連絡が入ったのは、夏休みに入ってすぐのことだった。
「7月最後の日曜日、サークルがあるんだけど、大丈夫?」
「う、うん、多分行ける」
のんちゃんの問いかけに戸惑いながらも短く返事をした。詳細は追って連絡する、ということでのんちゃんからの電話は切れた。
由香は一連の出来事を、彼女に何も話していなかった。
居酒屋で騒いだあと、送ってもらったときにいろんな話したことも、相談があると言って会ったことも、そのとき自分がついた嘘の告白のことも、何も。

のんちゃんからの電話を切った途端、次の電話が入った。
「あの…俺」
「お兄ちゃん?」
「お、今日はすぐに分かってくれたね、良かった、良かった」
「どうしたの?今、のんちゃんから次のサークルの電話連絡もらったところだよ」
「そう、次のサークルが決まったから。だから…いや…」
「だから、どうしたの?私なら大丈夫だよ。もう敬語遣って話したり、変な態度とったりしないから」
「う、うん」
「じゃ、何?」
由香は少しじれったそうに聞いた。
「あの、えっと…あの話どうしたかなと思って。ほら、あの時話してくれた彼の話」
お兄ちゃんの話は、しどろもどろで何か変だったが、それよりも、由香はあの相談をしたことをすっかり忘れていた。
もう一度ちゃんと考えるように、言われていたものの、お兄ちゃんにあんな告白をした由香にそんなことを考える余裕はなかった。
「あ、あの彼、ね。それならちゃんとしたから。大丈夫」
ちゃんとしたというよりも、あのまま放置している、と言った方が正しかった。
「そっか。それならいいんだ。ちょっと気になっていたから」
「ごめんね、心配させちゃって」

電話が終わりに近づき始め、どちらかが「じゃ」と言えばそれで切れてしまいそうな状態だった。
しかし、自分が馴れない口を開くと、またこの前みたいにロクでもないことになりそうで、由香は黙っていた。

「あの、明日、海に行かないか?」
少しの沈黙のあと、お兄ちゃんが言った。
「海?サークルで?」
「いや、俺とおまえと二人で」
「二人で?いいけど…」
「けど?俺と二人じゃ行きたくないってこと?」
「そんなことない、ない。行きます!」
由香は、お兄ちゃんの言葉を慌てて否定した。
「良かった。じゃ、明日朝7時に迎えに行くよ」
「うん、楽しみにしてるね」
「寝坊するなよ。じゃあな」
という声が聞こえて、電話は切れた。

由香はワクワクした。
それは海に行くからではなく、単にお兄ちゃんに会えることへの期待だった。



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| 2017.06.19 Monday | ニタモノドウシ | comments(4) | - |
第二章 困惑 〜気にしないように〜

唐突に嘘の告白をして以来、お兄ちゃんからの連絡はなかった。
困っていたのか、避けられていたのか、それは分からなかった。
でも一つだけ言えることは、彼には、由香を好きだという気持ちは、毛頭なかったのだということ。もし、少しでもそんな気持ちがあれば、電話の1本くらいあるはずだ。

そんな思いを抱えたまま半月が過ぎ、次のサークルの日がやってきた。
その日のサークルは、ドライブだった。
車を持っている男性4人が、自らの車を運転して、待ち合わせ場所にやってきた。
ボーリングの時のように、チーム分けがあり、くじ引きで誰がどの車に乗るか編成された。
よりによって、由香はお兄ちゃんの車に乗ることになってしまった。
助手席には伊藤さん、由香と久美ちゃんが後部座席に乗った。

「じゃ、出発するぞ〜」
お兄ちゃんのかけ声で、4台の車は一斉に動き出した。
伊藤さんと久美ちゃんは、これまでのサークルの話や、学校の話でワイワイやっていたのに、お兄ちゃんと由香は静かだった。その光景をおかしいと思ったのか、伊藤さんが言った。
「おい、新井、由香ちゃんも、今日はやけに静かだな。居酒屋の時の元気はどこに行ったんだ?」
「ホント、どうしちゃったの?」
久美ちゃんも伊藤さんの言葉にうなずきながら言った。
「運転手は黙って運転しないと。事故でもしたら大変だからね」
お兄ちゃんはそう言って笑った。
黙り込んだままで、変に思われるとマズいかなと思った由香は
「あ、この前は遠いところ送って頂いてありがとうございました」
と、居酒屋の帰りのお礼をお兄ちゃんに言った。
お兄ちゃんも、由香の気を遣った言葉に反応して
「いえいえ、女性を送るのは当然のことですからね。僕は紳士ですので」
と、戯けたように言った。
そのとき、由香はルームミラー越しにお兄ちゃんと目が合ってしまい、慌てて下を向いた。
それ以降、また由香とお兄ちゃんのあいだで、会話は途絶えてしまった。

由香は、その後ずっと、あの時、自分が座っていた、そして今は伊藤さんが座っているお兄ちゃんの車の助手席を、少し不思議な気持ちで後部座席から眺めていた。
 
車は山道を登り、広場に着いた。
「それじゃ、お昼にしようか」
そんな言葉が聞こえ、コンビニで買ったお弁当が、みんなに配られた。
「弁当とお茶は新井が買ってきてくれたので、それぞれ彼にお金を払って下さい」
伊藤さんの言葉を聞いて、みんな一人ずつお金を払いに行った。
しかし、由香は財布が鞄の奥に入り込んでしまって手間取り、最後の支払者になってしまった。
周りを見るとみんなすでに座ってお弁当を食べ始めていた。
「あの…いくらですか?」
由香がお兄ちゃんに声をかけると、彼は
「いいよ。おまえからお金をもらう気はないから」
と言って立ち去った。かと思うと引き返してきて
「その白々しい敬語はやめろよ。それと、この前のことは、お互い気にしないようにしよう…な」
と、少し笑顔を見せながら肩にポンと手を置いて行ってしまった。
その「気にしないように」という言葉をどう理解したらいいのか、由香はお弁当を食べながら、ずっと考えていた。
おまえから聞いた告白は、なかったことにしようということなのか、聞いたけど、今日は気にしないでおこう、ということなのか。
その後もずっとそのことを考えていた。だからお弁当を食べた後、何をして過ごした全く思い出せなかった。

覚えているのは、夕方近くになって、急に大雨が降ってきたこと。
早めに切り上げようということになり、みんな慌てて近くにあった車に乗った。行きとは違う車に乗った人も多く、由香も他の人の車に乗り込んだ。
結局、あれっきり彼と話しをすることはなかった。

ちょっと寂しいような、でもホッとしたようなそんなサークルの一日だった。



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| 2017.06.14 Wednesday | ニタモノドウシ | comments(6) | - |
第二章 困惑 〜疑問と後悔と困惑と〜

由香は、ある恋に破れ、恋する心を失っていた。
元々人間不信だった由香にとって、やっと出来た、親友でもあり、恋人でもあったその男に、二股かけられて裏切られたことは、かなり大きな傷となって残っていた。
それ以降、誰とつきあっても自分をさらけ出すようなことはしなかった。というよりも、人を信用する心や、好きになる心を失っていた。
お兄ちゃんに相談した彼のことも、それなりには考えていたけど、とてもじゃないが恋をしていたなんて言えない状態だった。
破れた恋で負った傷が、まだ生乾きの由香にとって、次の恋がいつやってくるのか、そしてその恋に上手く乗れることが出来るのか、恋から少し離れたところで傍観し、まるで他人事のように見るくらいしか、恋をする方法を知らなかった。
そんな私が、この人に恋をしたなんて、そんな訳ないと、自分に言い聞かせた。

どれだけの時間が経ったか分からなかった。二人の間に、会話は全くなかった。

「そろそろ帰らないと…」
お兄ちゃんが言った時、真っ赤に染まった空はとっくに消え果てていた。
彼は、シフトをパーキングモードから、ドライブモードに入れた。ターンシグナルを右に出し、車は静かに道路に戻っていった。
走り出してからも、やはり二人の間には、会話がなかった。

重苦しい雰囲気の中、車は家に着いた。
「あ、の…ありがとう」
由香は一言だけそうつぶやいた。
「またね」が普通のさよならの挨拶なのだろうけど、その「また」があるのか、ないのかも分からないような状況だったから、そんな言葉しか出てこなかった。
「あ、あのさ」
ドアを開けて車から降りようとしている由香に、お兄ちゃんが声をかけた。
「さっきの彼のこと、ちゃんと考えてあげろよ。彼は彼なりに、おまえのことを思ってるだろうし。おまえもその思いに応えられないとしても、もう一度ちゃんと考えなきゃ駄目だと思うよ」
「うん、そうだね」
「よし、それでこそ、俺の妹だ」
妹…か。やっぱりね。彼の中で、私は妹以外の何でもないんだな。
そんなことを思いながら、由香はドアを閉めた。そして運転席の方から彼を見送ろうと思った時、ウインドが開き、お兄ちゃんが言った。
「さっきはごめんな。おまえはちゃんと好きだって思ってくれていたんだよね?なのに、嘘だとかひどいこと言っちゃって。突然で、何を言っていいか分からなかったんだ。でも、ありがとう」
そう告げると、由香の言葉を聞かずに、車は走り出して行ってしまった。
車が視界から消えていった後も、由香はしばらく呆然としていた。
何を言ってしまったのだろう、私。
彼はどう思ったのだろう。
次に会う時、どんな顔して会ったらいいの?
夢の世界から現実へと戻ってきた由香は、疑問と後悔と困惑と、そんなものが入り交じり、そこから先に進めなかった。

ただ、真っ赤になったお兄ちゃんの横顔だけは、これから先もずっと忘れることはないだろうと思った。




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| 2017.06.09 Friday | ニタモノドウシ | comments(4) | - |
第二章 困惑 〜嘘の告白〜

由香は冷静な顔をして、言い訳の代わりにため息を一つついて言った。
「好きな人なら、いるよ」
「嘘つくなよ。誰だよ」
しばしの沈黙の後、真っ直ぐに彼を見て言った。
「あなたよ、お兄ちゃん」

『おいおい、冗談やめてくれよ』と笑ってくれるお兄ちゃんを、由香は勝手に想像していた。
彼がそう言って笑ってくれたら『嘘、嘘、ごめん』と謝るところだった。
しかし、彼はその言葉を聞いた瞬間、由香から目をそらせて下を向いたまま黙り込んでしまった。
二人の間には、不穏な空気が流れてた。

「お兄ちゃん?どうしたの?」
あまりに黙り込んだままの彼に、由香は顔をのぞき込んで聞いた。
お兄ちゃんの顔は真っ赤だった。
初めは夕日に照らされているのかと思っていた。
でも違う、絶対に違う、とその後由香は確信した。
「う、嘘…だろ?」
それは、偽りの告白に、明らかに動揺した、顔つきと言葉だった。

そんな人だとは、思ってもいなかった。
恵ちゃんが言っていたように、彼はサークルの中でとても人気だった。
由香も、初めてのサークルでの自己紹介の時、お兄ちゃんを見て『あの人、いいかも…』と密かに思っていた。
少し照れながら、でも一生懸命自己紹介する姿は好感が持てた。
それに、笑った時もすましている時も整っていて可愛い顔は好みのタイプだった。みんなが彼を良いという気持ちはよく分かる。
でも大騒ぎする彼の真意が、どこにあるのか分からなくなり、関わらない方が無難だと思った。
その上、彼に近寄る女の子を見てげんなりした。
そうして由香にとって、お兄ちゃんは好みのタイプから敵視する相手にまで、ランクダウンしてしまった。

モテるに決まっている男。それを内心、自慢している男。そんな像を勝手に作り上げてしまっていた由香は、自分の偽の告白に激しく動揺する彼の姿を見て困惑した。
でも、彼の「嘘だろう?」の言葉にはすでに首を縦に振ることが出来なくなっていた。
嘘だったけど嘘じゃなくなったような気がする、そんな曖昧な状態だった。
「好き」という嘘の告白に、ここまで動揺する、そんな彼に由香はその時、堕ちた。

冗談とは言え、自分から好きだなんて告白したのは、由香にとって、これが最初で最後のことだった。



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| 2017.06.04 Sunday | ニタモノドウシ | comments(6) | - |
第二章 困惑 〜好きな人?〜

本当のことを話そうかと思った。
実は相談することなんて何もなかった…と。
でも、それでは彼が急いで駆けつけてくれたことが無駄になってしまう。
由香は仕方なく、一つだけあった悩みのようなものを口にした。

「高校の時、つきあってた人がいたの」
「彼氏いるんだ。そうだよね。で?」
「いるんじゃなくて、いたの。過去形。高校を卒業した時に別れたんだ」
「おまえがフッたんだろ?」
「そう…なるかな。その彼から、この前電話がかかってきて、またつきあわないかって」
「うん、それで?」
「別れるのって理由があってじゃない?彼とは、どれだけ寄り添っても無理だと思った。彼と私は、あまりにかけ離れたところにいるの。1年ほどのあいだに何度かつきあったり別れたりしたんだけど、そうしてるうちに分かった。友達としてなら上手くいく。でも恋人としてはどうしても駄目」
「でもこの前、似ていても、分かり合え過ぎて駄目なことがあるって言ったじゃない?」
「よく覚えてたね。そうなんだけど、だからといって、あまりに違いすぎるっていうのも駄目だと思わない?」
お兄ちゃんは少し難しそうな顔をしていた。
「本当に駄目なのか、もう一度考えてみろよ」
「一度狂いだした歯車は余計壊れていくばかりなんだよ。傷つけ合うばかり。彼には好きな人が出来たって言ったからあきらめてくれるとは思うんだけど…」
その言葉にお兄ちゃんは急ブレーキを踏んだ。
お兄ちゃんが、あまりに突然ブレーキをかけたものだから、由香は前につんのめった。
しかし彼はそんなことおかまいなしに、怒鳴るように言った。
「好きな人?」
「い、いや、言葉のアヤというか、何というか…」

由香のしどろもどろの言葉に、お兄ちゃんは車を路肩に止め、少しあきれた顔で言った。
「つまり嘘ついたってことか?あのな…それは最低の逃げ口上だよ。相手の男だって惚れた相手に好きな人がいると聞かされたらショックだし、あきらめようとすると思う。でもそんな嘘つかれてたって分かったら、どんな傷を負うか考えたことがあるのか?」
お兄ちゃんの叱責を受けながらも、由香は少しムッとした。
騙すつもりなんてなかったのに…と。



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| 2017.05.30 Tuesday | ニタモノドウシ | comments(6) | - |
第二章 困惑 〜相談〜

「この車、1年前に新車で買ったんだ。母親一人の給料でやってる我が家では、新車を買うなんて一大イベント。だからこの車がうちに来た時、すごく嬉しくてね」
お兄ちゃんがそんな話を切り出したことで、沈黙した場が少し和んだ。
「そっか。私ね、車が大好きなの。でもまだ免許持ってなくて。3月生まれだから高校卒業した後に18歳になったの。誕生日が早い子たちは高校の時に内緒で免許取りに行ってる子もいたけどね。だから私も夏休みになったら、すぐに教習所に通おうと思って、もう申し込みしてあるんだ」
由香もその話に乗った。
「俺はね、バイクの免許も持ってるんだよ、中免だけど。本当は四輪より二輪の方が好きなんだ。ほら、Araiってヘルメットのメーカーあるでしょ?俺と同じ名前だから、そこのメットに興味持って、メットからバイクって感じでね。本末転倒っぽいけど」
お兄ちゃんが笑いながら言った。
「バイクも乗るんだ?気持ちいいんだろうなぁ。私も乗ってみたいよ」
「今はもう手放しちゃってないんだけど、もしまたバイクを手に入れたら乗せてやるよ」
「ホント?楽しみにしてる」
会話がなかったらどうしようかと由香は、これらの会話で、やっと平常心を取り戻した。
相談があると持ちかけた話は、すでに忘れそうになっていた。

「この前はごめんね、遠いところまで送ってもらって」
「実はあのあと大変だったんだ」
「え?何かあったの?」
「おまえを送って、駅に戻ったら、次の電車、1時間後で、おまけに終電」
「嘘?」
「ホント、ホント。おまえんち、田舎だから時間つぶすところもないし、おまけに帰れなくなるところだったよ」
「ごめんね…そんなことになってたとは思わなかった。やっぱり一人で帰れば良かったね」
「俺が送るって言ったんだから、気にしなくていいよ。って自分で言い出しておいてそんな言い方はないか」
お兄ちゃんはそう言って笑った。
まだ、相談のことは頭から離れていた。
「そうそう、それで?相談したいことって何だったの?」
と彼が聞いてくるその時までは。

由香の顔から笑顔が消えた。
どうしよう。相談、相談…
頭の中で念仏のように唱えてみたが、何も浮かんでは来なかった。



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| 2017.05.26 Friday | ニタモノドウシ | comments(7) | - |
第二章 困惑 〜彼からの電話〜

「また電話する」
別れ際の彼のそんな社交辞令のような言葉を、真に受けた訳ではなかった。
しかし、その電話はちゃんとかかってきた。
お兄ちゃんに、自宅まで送ってもらったあの日から、数日後のことだった。

「もしもし?俺、俺」
「俺って誰?」
「いろんな男たちからいっぱい電話がかかって来るから、俺の声なんて覚えてもいないってこと?」
「あ〜お兄ちゃん?」
「あ〜って何だよ、その言いぐさ」
「ごめん。それで?」
「それでって…この前、家まで送って行った時、今度電話するって言っただろ?」
由香は驚いた。
社交辞令だと思っていたあんな言葉を、彼が実行するとは思っていなかったからだ。
これまでそんな人はいなかった。
また電話する、また行く、そんな『また』は、いつまで経ってもやってくるはずもない、置き去りにされた約束だと思っていたし、これまでもずっとそうだった。
由香が言葉に詰まっていると
「何、どうしたの?今、電話しちゃマズかった?切ろうか?」
お兄ちゃんが心配そうに聞いた。
切りたくはなかった。しかし『また電話するなんて言葉、社交辞令だと思っていたから驚いた』なんて言うのも悪いと思い、言葉を詰まらせた。
「え、いや、大丈夫だよ」
「だったらいいんだけど。何だか困ってるみたいだから、タイミング悪かったのかなと思って」

何か会話を続けなければ、と由香は次の言葉を探した。
「あ、あのね、ちょうど良かった。私、お兄ちゃんに相談があったんだ」
「何だよ、俺で相談に乗れるようなことだったら言ってみて」
「う、うん、でもいいや」
「何だよ、気になるじゃないか」
「いいの、ごめん。本当に気にしないで」
相談なんてなかった。
しかし、用事がなければ電話は切れてしまう。それをつなぎ止めておくためだけのでまかせだった。
「電話じゃ、話しにくいか。そうだよな。分かった、じゃ、時間が作れる時にまたそっちに行くよ」
お兄ちゃんは勝手に、電話だから言えないのだと解釈したようだった。
「ごめんね。気を遣わせて」
「なんの、なんの、俺は兄ちゃんだからな。じゃ、また連絡するよ」
「うん、じゃあね」
電話は切れてしまった。
続いていても、話すようなことなど何もなかった。それでももっと話していたかった。
電話が切れた後も、由香はぼんやりしていた。切れた電話の余韻が少し寂しかった。

それから1時間ほど経った頃だろうか。またお兄ちゃんから電話があった。
「俺だけど。今、おまえんちの前に来てる。相談したいことがあるなんて、よほどのことじゃないかと心配になって」
「ホント?すぐに降りるから待ってて」
階段を駆け下り、玄関に飛び出した。
表には紺色の車が止まっていて、お兄ちゃんが中から手を振っていた。
由香は、滑り込むように助手席に乗り込んだ。

夕暮れ迫る空の下、車はゆっくり動き出した。
車に乗った由香は、何を言っていいか分からず、しばらく黙り込んでいた。
傾きかけた太陽が少し眩しかった。




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| 2017.05.21 Sunday | ニタモノドウシ | comments(4) | - |
第一章 嫌悪 〜切なさを知る〜

多分、今ここでこうやって話してる彼が、本来の彼なのだろう、由香は思った。
静か過ぎず、騒ぎ過ぎず、相槌を打ちながらお互いの様子を伺う二人。
しかし、その伺いは、いつものように裏の影を見るようではなく、ただ相手を知りたい心から来るものだった。

ふと、由香は思い出し笑いをした。
「何がおかしいの?」
彼は由香の顔をのぞき込んで聞いた。
「私ね、初めてのサークルの時、大嫌いだって思ったの、お兄ちゃんのこと。もっと言えばさっき居酒屋で隣に座ったのも、他に空いてる席がなくて嫌々だったんだよね」
「なんだよ、それ。ひどいな。俺、まだおまえと一言もまともに話してなかったのに?」
「うん、そう。けど、あのときの自分が、今こうやってお兄ちゃんに送ってもらって、こんな話してるのかと思ったら、人生何があるのか分からないんだなって」
「それはいいことなの?悪いことなの?」
「今のところはいいことかな。そのうちどうなるか分からないけど」
「一寸先は闇、とも言うからね」
二人は大声で笑った。

由香は、今まで誰かとこんな会話をしたことがなかった。
いつも、たいていは口を開いていた。
友達の口から出る話は、ブランドだのタレントだの、由香には興味の持てない話ばかりだった。しかしその話に乗り、それが楽しいフリをした。時には、先頭に立ってそんな話をした。
それは他でもない、自分の心中を知られないようにするためだけの、まさに演技とも言える会話だった。
そして人に向ける笑顔は、いつも厚すぎる仮面を被った顔だった。
悩みなんて一つもありません、というような、楽天的な態度は、実は由香の抱える本質の真逆だった。
そんなことをして意味があるのか、よく分からなかったけど、本当の自分を誰かに知られるのが怖かった。

しかし、その日の由香は、笑いたくて笑っていた。そして、話したくて話していた。
それは仮面の笑いではなかったし、心の底から楽しかった。
今まで男女ともにそんな人に出会ったことはなかった。
表面上仲良くしている友人もいたが、心底の話をしたことはなかった。
もちろん、自分の寂しさや苦しさや辛さや、そんなものを見せたこともなかった。

楽しい時間は、あっという間に過ぎてゆき、家に着いてしまった。
「うち、ここなの。ごめんね、また30分以上歩かせることになるけど」
「大丈夫。今日は話せて良かった」
「こちらこそ、ありがとう。気をつけて帰ってね」
由香がそう言って玄関の扉を開けようとしたとき、お兄ちゃんが声をかけた。
「また今度電話するよ。じゃ、おやすみ」
うなずきながら手を振る由香に、彼も手を挙げて帰って行った。
そのとき、心にチクッとした痛さを感じた。

それは生まれて初めての切ないという感情だった。




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| 2017.05.17 Wednesday | ニタモノドウシ | comments(2) | - |
第一章 嫌悪 〜分かり合えるからこそ〜

由香の家は、お兄ちゃんが言うように周りは田んぼや畑だらけの田舎で、帰り道はかなり暗い。消えそうな電灯がまばらに見える程度で、人に出会うこともほとんどない。
そんな暗い道を二人で歩いていたら、遅咲きの桜だろうか、生暖かい風に吹かれて花びらがヒラヒラと舞っているのが見えた。
「まだ、桜、咲いてるんだ…」
由香の言葉に、お兄ちゃんが言った。
「来年の春は満開の桜でも見に行くか、弁当持って」
「うん、いいね」
いつもならそんな言葉に、相づちを打つような由香ではなかったのに、その日は素直にうなずいた。

「知ってる?うちのサークルの男ども、ほとんどがおまえ狙いらしいぞ。そういえばおまえ、テレビのオーディションで最終まで残ったんだって?それを聞いた野郎たち、のんちゃんに土下座するようにおまえを引っ張って来いって頼んでたぞ」
「え?のんちゃんそんな話したの?私、あの番組が好きで高校の時から毎週見てて、ダメ元で応募したら最終まで残ったんだよね。そこで落ちちゃったから番組には出られなかったけど。オーディション風景でほんのちょっとだけ出たんだよ」
「そうなの?俺もよく見てるよ。じゃ、オーディションに受かってたらサークルにも入ってなかったってことだよね?」
「うん、忙しくて無理だっただろうね。あ、そうそう女の子たちは、ほとんどがお兄ちゃん目当てなんだって」
「どうでもいいよな、そんなこと」
「ホントだね」
本当にどうでもいいことだった。
きっと彼の方も、由香と同じように、サークルに恋人を求めていた訳ではなかったのだろう。

「そうだ、言い忘れてたけど、俺の妹の名前、おまえと同じユカなんだよ。うちの妹の字はユカのカの字がにんべんに土二つの佳だけどね」
お兄ちゃんが言った。
「じゃもし私がお兄ちゃんと結婚したら、お兄ちゃんの妹さんと私は同姓同名になるんだ?」
「本当だね。それで、妹と同じ名前のおまえが気になって、初回のサークルの時から機会を狙って、その話しをしようと思っていたのに、ずっと機嫌悪くて。それも他の奴らとは楽しそうに話してるのに、俺が声をかけたら、途端に機嫌が悪くなるから。俺、何で嫌われてるんだろうって悩んでたんだ」
お兄ちゃんは首をすくめ、笑いながら言った。
「ごめんね。だって、お兄ちゃんふざけてばかりでどんな人なのか分からなかったから。私と一緒で、ピエロは演技なのか、それとも、それとも…って考えていたら、なかなか話せなかった。それに、もしお兄ちゃんが私と同じ考えをもった人なら、お互い近寄らない方がいいかもしれないって思ったし」
「なんで?似ているからこそ、分かり合えていいんじゃないの?」
「分かり合えても、駄目なこともあるよ。お互いが分かりすぎて、余計傷つくことってあると思う」
「う〜ん、俺には難しすぎて理解不能だな」
お兄ちゃんは苦笑いだった。

分かり合えるからこそ、ついてしまう傷。
由香はそのとき、何気なくそう言ったけど、そのときはまだ本当にそうなるとは、夢にも思っていなかった。
そして、似たもの同士でつけた傷は、どうしたって消えないということも…




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| 2017.05.12 Friday | ニタモノドウシ | comments(4) | - |
第一章 嫌悪 〜本当の姿〜

二人は居酒屋の近くからバスに乗り、電車の駅までたどり着いた。
しかし、バスに乗った後も、駅で電車を待っている時も、彼はほとんど口を開かなかった。
「お兄ちゃん、どうしたの?気分でも悪いの?」
気味が悪くなって由香は聞いた。
「いや、そんなことないよ。どうして?」
「だって、あれだけ大騒ぎしていたのに、今はこんなに静かだし」
「あぁ、居酒屋でのことね。あれは表面上の俺。今が本当の姿かな。AB型だから二重人格なのかもね」
と言って笑った後、少し真面目な顔をして語り始めた。
「俺、本当はあぁいった騒ぎは苦手なんだ。けど、人に本当の自分っていうのかな、そういうのを見られるのが怖くて、いつも笑ってる、多分。中学の頃、おやじを病気で亡くしたんだけど、父親がいないことで、周りから変な同情受けたりして。でも辛い時に辛いだろうって思われるのが、何だか癪でね。だから、自分を見破られないようにするために、いつも馬鹿やってるんだよ。癖みたいなものかな」

『まるで私?』
由香は親を亡くした訳ではなかったが、何度となく人に裏切られ、どん底を味わってから、老若男女問わず、人を信用出来なくなっていた。
だから自分の真意を隠して笑顔を作り、賑やかに騒ぐことで、周りに心中を察知されないようにしていた。
彼も同じなの?
由香は自分と同じような考えを持った人に、初めて出会った気がした。
本当は初めてではなかったのかもしれないが、心中を隠してきた彼女に、そういう話をしてくれた人なんていなかった。まして自分をさらけ出してみよう、と思える人もいなかった。

そんな会話をしているうちに電車が来たので、二人はそれに乗り込んだ。乗客はまばらだった。座席はほぼ空席だったのに、二人とも座らず入り口付近に立っていた。
ドアが閉まり電車が走り出した時、由香は口を開いた。
「さっきの話なんだけど。そんな話、私にしていいの?出会って間もない、知り合いに毛が生えた程度の私に、腹の中、見せるような話して」
お兄ちゃんは少し考えてから答えた。
「何でだろう?あいつらが言ったように、おまえが俺に似てるからじゃない?おまえだったら、俺の心中、理解してくれるような気がしたんだよ。きっと」
「買いかぶりすぎだよ」
と由香は答えたが、その言葉を聞いて、彼は少し微笑んだだけだった。その後はずっとドア越しに流れる、夜の風景を見ていた。

そのうち電車は由香の降りる駅に到着した。
「私、1人で帰れるから大丈夫だよ。お兄ちゃんはこのまま電車に乗って帰って」
彼の家は、そこからまだ2駅先であることを知っていたので、そう促した。
しかし、彼は聞かなかった。
「いいよ、俺が送るって言ったんだから。おまえんちド田舎だろ?ここから歩いて何分あるんだよ」
お兄ちゃんはニヤニヤ笑いながら言った。
「ド田舎って失礼な。お兄ちゃんちなんてそのド田舎よりまだ奥じゃない」
由香はふくれながら言った。
「奥って言ったって俺んちは、こんなド田舎じゃないよ」
お兄ちゃんは駅の周りを見渡しながら言った。
静かだった由香たちは、いつの間にか居酒屋での二人に戻りつつあった。
ホームでそんな会話をしているうちに、電車は行ってしまった。
二人は改札を通って外に出た。




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| 2017.05.07 Sunday | ニタモノドウシ | comments(2) | - |
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