雨の街角

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第一章 嫌悪 〜ピエロの役回り〜

次のサークルは、居酒屋で懇親会だとのんちゃんから連絡があったのは、初めてのサークルから1週間ほどした頃だった。
乗り気ではなかったが、のんちゃんの立場も考えて、あと何回かは顔を出しておこう、と由香は決めていた。
「サークルは夕方からだし、それまで久しぶりにテニスでもしない?」
のんちゃんはサークルの話が終わると、由香をテニスに誘った。

まだ4月だというのに約束したその日は真夏のような暑さだった。コートにいる間中、肌がジリジリ焦げ付いていくような、そんな感覚に捕われていた。
案の定ロッカールームで自分の姿を見ると真っ赤に日焼けしているのが見えた。

夕方、のんちゃんと居酒屋に行くと、二階の座敷席に通された。部屋に入ると、他のメンバーはすでにそろっていた。
「適当に座って」
という声が聞こえたので、空いている席を探して、由香は思わず「え?」と声をあげた。
あの嫌な男、新井さんの横しか空いている席が見えなかった。彼の左隣は当然のごとく、鈴木さんが陣取っていた。のんちゃんを見ると空いていたもう一席に座って隣の人と話し始めていた。
ボーリングの時、同じグループだった恵ちゃんに、ことの経緯を聞いてみると
「あ〜、新井さんの隣ね、初めは他の子が座っていたの。だけど、鈴木さんがあまりに新井さんにべたべたするものだから、嫌気がさして、別の席に移っちゃったのよ」
と、しかめっ面で教えてくれた。
そういう事情なら、新井さんの横に座ったところで、彼は鈴木さんと話すのに忙しく、自分に構うこともないだろうと思い、由香は空いているその席に座ることにした。

案の定、鈴木さんは自分が食べることをそっちのけに、料理をお皿に盛っては
「はい、新井さん。これ美味しいよ。私もさっき食べたんだけど、すごく美味しかったの」
などと言いながら、甲斐甲斐しく面倒を見ていた。由香は彼らの方を一瞥しただけでそっぽを向いた。
しかし、そんな由香に新井さんは声をかけてきた。
「ブラックコーヒーの格好いいお姉さん、飲んでる?食べてる?」
「飲んで食べてますので、どうぞおかまいなく」
そんな素っ気ない態度にもめげず、新井さんは続けて質問をしてきた。
「大人しいね?ボウリングの時も静かだったし。どこの大学だっけ?出身は?」
「南のはずれにある、誰も知らないような短大に通う、地元の人間です」
冷たく答えてやれば、そのうちあきらめるだろうと思ったのに、彼は嬉しそうに続けた。
「南にある短大って、もしかしたらあそこ?俺の家のすぐ近くだよ?俺の家はね…」
などと聞いてもいないのに、自分の家の説明まで始めた。

サークルは乗り気がしないので大人しくしているけど、由香は普段、決して大人しい人間ではなかった。
コンパやパーティをするときには、たいていの場合、幹事で、もちろん、それは由香の盛り上げてくれる性格を知ってのことだった。あの子に任せておけば楽しい場が作れるとみんなが思っていたからだった。
人が集まる場所には、必ずいる『場を盛り上げるだけのピエロの役回り』それが由香だった。
但し、それは仮の姿。
本当は、賑やかなことは苦手だった。全てのことを一歩引いたところで、冷めた目でしか見ることが出来ない女。
だからこういう自分に似通った、賑やかなピエロ男の真意を探ってしまう。そして探ってしまう自分に疲れてしまうので、得意ではなかったのだ。

つまらなそうに答える由香の態度にもかまわず、新井さんは話し続けた。
その新井さんの向こう側では、鈴木さんがしきりに彼に話しかけていたが、彼に無視される形となっており、寂しそうにしているのが見えた。
「お隣の彼女、あなたと話したがってますよ。私なんかにかまってる暇があったら、お隣と話されたらいかがですか?」
由香は冷たく新井さんにそう言い放った。
「実はね、あの子、苦手なんだ」
新井さんは杏子の耳元で答えた。
「苦手なら苦手だって言えばいいじゃないですか。あなたがいい顔ばかりするから、彼女、勘違いして…」
そこまで言いかけた時だった。新井さんはくるっと鈴木さんの方を振り返って言った。
「あのさ、俺ばかりと話しても、仕方ないでしょ?もっと他の人とも話さなきゃ」
その言葉を聞いて、鈴木さんはすごい形相になった。しばらくすると涙目になり
「そんな風に言わなくても…」
と言い返したが、新井さんは
「だってそうだろう?いろんな人と会話するために、このサークルも親睦の場もあるんだから。俺だって他の人とも会話したいし、君ばかりかまってるわけにもいかないんだよ」
と、ムッとしている様子だった。

一瞬にして場が凍り付いた。



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| 2017.04.25 Tuesday | ニタモノドウシ | comments(3) | - |
第一章 嫌悪 〜真意が見えない〜

「靴を履き替えたら、向かいの喫茶店に移動して下さい」
メンバーの男性が叫んでいるのが聞こえたので、みんな言われた通り、ゾロゾロと喫茶店に向かった。
全員が着席したところで、アイスコーヒーとケーキを人数分、と先ほどの男性が注文した。しかし、甘いものが苦手な由香は店員を呼び、私だけケーキなしで、コーヒーは砂糖とミルク入なら両方入れないで下さいと小声でお願いした。
「格好いい!お姉さんブラックですか?」
声のする方向を見ると、新井さんだった。
『やっぱり嫌いだ、あの男』由香は彼の言葉を完全に無視しながら、自分のその言葉をぐっと飲み込んだ。

「君、隣のレーンにいた、すごくボウリング上手かった子だよね?」
新井さんを睨む由香に、隣の男性が話しかけてきた。彼はさっきのんちゃんが駆け寄って、由香がサークルに正式に参加すると告げた男性だった。
「ボウリング、好きなんですよ」
褒められたことに気を良くして、由香は笑顔で答えた。
「抜群に上手かったよ。俺なんて100ぎりぎりだったし。おまけにもう体中が痛くて。高校の頃はスポーツ万能、モテモテ青年だったのになぁ。あ、俺、伊藤って言います。よろしく!」
自分を伊藤と名乗った男性は、首を左右にゴキゴキ振りながら笑って言った。
「よろしくお願いします」
由香は、少し微笑みを浮かべながら言った。
「伊藤!嘘つくなよ。えっと、俺は浅田、よろしくね。俺、こいつと高校のときからずっと一緒だけど、全くモテたことなんてありませんから」
反対側の隣の浅田さんがそう突っ込んできたので、3人は顔を見合わせて笑った。

それからしばらく由香と伊藤さんと浅田さん、3人で学校の話やボウリングの話で盛り上がった。
サークルなんて、恋人探しのつまらないところかなと思っていたけど、そうでもなさそうだった。まだよくは分からないけど、みんながみんな、恋人探しにギラギラしているようなところではなさそうだ。
それに普通だと知り合わないような人に出会うことが出来るし、ここから広がる輪が、もっと違う人と知り合うきっかけになるかもしれない。
そういう繋がりは嫌いじゃない。浅めの繋がりは好きだった。
ただ、男女共に深いつながりを持つことは、由香にとって苦手なことだった。

「じゃあ、今日はこの辺でお開きにします。次回のサークルについては、また後日連絡します」
小一時間ほど経ったとき、伊藤さんが立ち上がってそう言った。
喫茶店を出て、それぞれ帰途に着いた。
由香がのんちゃんとバス停に向かって歩いていると後ろから声がした。
「じゃ〜ね〜、ブラックコーヒーの格好いいお姉さん〜」
その声に振り返ると、腕に鈴木さんがぶら下がったままのふざけた男、新井さんだった。
「新井さんったら!他の女の子なんて見ないでよぉ」
鈴木さんはそう言いながら、彼の頬を叩く真似をしていた。
由香は、彼らに挨拶をすることもなく、踵を返した。

「ね、あの新井さんって人、いつもあんな感じなの?」
帰り道、一緒にバスを待つのんちゃんに由香は、嫌悪感たっぷりの顔つきで聞いた。
「どうだろ?私は学部が違うから、よく知らないけど、サークル発足の会をやった時にはあんなに騒がしくなかったよ。人望もあついみたいで、他の男子からも頼りにされてるよ。彼、リーダーだし、このサークルの」
のんちゃんは何気なくそう言った。
「え?あの人がリーダーなの?伊藤さんじゃないの?やっぱりやめておけば良かった」
由香はうつむき加減で言った。
「まぁまぁ。彼には彼の良いところもあると思うよ。それに、人間20人も集まれば、好きなタイプも、苦手なタイプもいるって」
「私、あの人とは仲良く出来そうもないよ。真意が見えないし」
「真意?10年以上つきあっても、私には未だ由香の真意が見えませんが?」
のんちゃんは首をすくめて、おどけながら言った。
彼女のいうことについては、その通りかもしれないと苦笑いしたけれど、新井さんについての話は何もうなずけなかった。



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| 2017.04.20 Thursday | ニタモノドウシ | comments(6) | - |
第一章 嫌悪 〜ムカつく男〜

約束の土曜日がやってきた。初めてのサークルはボウリングだった。
ゲームの前に通っている学校や学部などそれぞれ自己紹介をし、その後勝負が始まった。チーム対抗で、最下位チームが1位チームのゲーム代金と、あとで行く喫茶店代を払うということだった。
由香は真剣に投げていたが、他の人はしょせんお遊びとばかりに、ふざけてばかりいた。特に女の子はガーターをとることが宿命のように、溝掃除をしては「やだぁ」と甘えた声を出しては「大丈夫、大丈夫」と男性たちに慰められていた。
ムッとした顔の由香を、のんちゃんが隣のレーンで見て、苦笑いしていた。
しかし、甘えた声で身体をくねらす女の子たちよりムカついたのが、隣のレーンで投げている男だった。
「遊びなんだからさ〜そんなに必死になるなよぉ」
と言ってふざけながら、自分は散々ストライクを出し、由香のいるチームと最後まで1位を争っていた。

結局、ゲームは由香のチームが2位、そのムカつく男がいるチームが1位で終了した。
「さぁ、人のおごりで旨い茶を飲もう〜」
と言いながら、靴を履き替えるその男を、由香は睨むように見ていた。
「ねぇ、ねぇ、由香ちゃんも彼のこと気に入ったの?」
同じチームだった恵ちゃんが、男を指さし、由香の耳元で言った。
「まさか、私がもっとも嫌いとするタイプなの。あんなふざけることしか知らないようなお調子者の男」
と反論したけど、恵ちゃんは由香の話など、耳に入らなかったかのように言った。
「でもね、このサークルの女の子は、ほとんど彼目当てみたい。特に、ほら、あの子、もうべったりでしょ?」
彼女があの子と指さした女は、その男に
「新井さん、惚れちゃったわ〜」
と言いながら、腕にぶら下がるようにじゃれついていた。
あんな女まだいたんだ…と思いながら、由香が見ているところに、のんちゃんがやってきた。
「何見てるの?あ、新井さんにぶら下がってる女ね。彼女、私と同じ大学で国文の子。でもねぇ、話合わないんだ、私とは。多分、由香ともね」
のんちゃんは、そう言って苦笑しながら続けた。
「彼女の家、画廊やっていて、お金持ちらしいよ。ほら、鈴木画廊ってあるじゃない?そこのお嬢様。あの子は気にしなくていいよ」
その画廊なら知っていた。由香が通っていた高校のすぐそばにある画廊だ。
「まだあんな女いるんだなと思って呆れて見てただけだから」
由香ものんちゃん同様、苦笑しながら答えた。
「それじゃ、正式にサークルに入る?入っていいってことよね?」
「え、いや、そういうことじゃなくて…」
と、由香がまごついているあいだに、のんちゃんは一人の男の人に駆け寄った。
「伊藤さん、由香ね、サークルに正式に入るって」
伊藤さんと呼ばれた男性は由香に向かって「よろしくね」と手を振っていた。
由香の方も、今更嫌だとも言えず、会釈した。

しかし、あの嫌な男、新井さんとその腕にぶら下がる女、鈴木さんは、そんなやりとりに見向きもせず、ずっといちゃいちゃしていた。



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| 2017.04.15 Saturday | ニタモノドウシ | comments(4) | - |
第一章 嫌悪 〜のんちゃんからの電話〜

「もしもし?由香?久しぶり。私、典子」
典子、通称のんちゃん。
彼女は由香の小学校の時の友達で、かなりの才女だ。全国的にも有名な某四大に、上位の成績で入学した。
中学に上がる時、由香は引越したのだが、未だつきあいは続いていて、それはもう10年以上になる。

「本当に久しぶりだね。のんちゃんのところも今日入学式だったの?」
「うん、そうだよ。由香ったら、高校も女子校だったのに、大学まで女子大に行かなくても」
「女の園も、馴れたらそれなりに面白いこともあるよ」
「そう?私には考えられないな。まぁ、それはいいんだけど。由香、前にサークルなんて興味ないって言ってたよね?」
「うん、ないよ」
「良かったぁ。じゃ、どこのサークルにも入ってないってことだよね」
「もちろん。けど、まさかのんちゃんまでサークルの勧誘じゃないよね?」
由香は、眉間に皺を寄せながら聞いた。
「あ、分かった?」
「入らないよ、私、絶対」
「大学の先輩が作ったサークルで、男はみんなうちの大学の人なんだけど、女の子はいろんな大学から集まって来るの。一度だけでいいから来て。それでもし由香が嫌だったら、それきりでもいいから。作ったばかりで人数が少ないんだ。お願い!」
のんちゃんは、由香の言葉など、全く意に介さず話し続けた。
「私、本当にサークルには興味ないの。決まった何かをするっていうのも苦手だし。それにサークルなんて入る暇があったらバイトしてお金儲けしたいの」
「大丈夫、うちは決まったことをするわけじゃなくて、今日はボーリング、今度は飲み会って感じで毎回違うことをする、非常に適当なサークルなの。先輩たちもみんなバイトしてるし、バイトしながらでも平気だから」
「私はいいよ。悪いけど、誰か他を当たって」

そんな押し問答はしばらく続き、由香はその後もかなり抵抗した。しかし、結局のんちゃんに押し切られ、次の土曜日のサークルに顔を出すことになってしまった。
「じゃ、楽しみにしてるね」
のんちゃんは、嬉しそうに電話を切った。
彼女の弾んだ声とは裏腹に、由香の心にはどんよりとした重い空気が流れていた。



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| 2017.04.12 Wednesday | ニタモノドウシ | comments(8) | - |
第一章 嫌悪 〜サークル〜

「由香、由香、ね、もう決めた?」
そう言って、後ろから抱きついて声を掛けてきたのは、智美だった。
智美は高校の時からの同級生で、同じクラスになったことはなかったが、何となく気が合い登下校を共にする友人だった。
智美の後ろには、同じく高校の時の友人が、数人連なっていた。
「何よ、いきなり。びっくりするじゃない。決めたって、選択教科のこと?まだ決めてないよ。内容もよく分からなかったし」
由香は、しかめっ面をしながら答えた。
「選択教科?何言ってるの。私が聞いてるのはサークルのこと、サークル」
智美はサークルの部分だけ、やけに強調しながら、興奮気味に言った。
「サークル?」
「そう、サークルよ!どこに入るの?私はねぇ…」
「サークルなんて入る気ないよ。そんな、飢えた女が、ギラギラした目で男探しするようなところ」
由香は智美の言葉を遮りながら答えた。
「また始まった、由香の男嫌い。そんなこと言わないで、一緒に入ろうよ。テニスサークルなんだけど。コート、うちの学校からすぐのところだし」
智美は、由香の冷たい言葉にもめげずに言った。
「だ、か、ら、私は入る気ないって」
由香は、心底嫌そうに答えた。

私立の高校を卒業し、エスカレーター式の女子短大に入学した彼女たちは、今日が入学式だった。
式のあと、講堂に残された新入生たちは、必須教科や選択教科、単位や優良可などという話を頭に詰め込まれ、帰路に着くところだった。
みんな、期待と夢で高揚した様子だった。
しかしその高揚は、決して数日後から始まる講義に対するものではなく、サークルに向けられたものだった。智美に限らず、選択教科について関心を持っている友人など、誰一人としていなかった。

彼女たちが通う短大には、少し離れたところに姉妹校のような共学の四大があり、そこの学生が主催するサークルに入る子が多かった。
智美の後ろに連なった友人たちも、それぞれ違うサークルではあるが、その四大のサークルに入るのだと、口々に話していた。

「じゃあね」
由香は智美たちに手を挙げて門を出た。
智美はまだサークルの話をしたそうだったが、そんな目線を無視して、由香はその場から立ち去った。

「サークルねぇ…」
智美を初めとして、友人たちの高揚した様子が浮かんだ。
由香にはサークルなんていうものの大事さや楽しさが、さっぱり分からなかった。
そこまでして男探し、女探しがしたいのだろうか?恋人が欲しいのだろうか?異性と接点が欲しいのだろうか?
心の中で自問したが、答えは出なかった。


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| 2017.04.07 Friday | ニタモノドウシ | comments(4) | - |
はじめに


どうして、私はこんなにもあなたを愛したのでしょう。

あなたと一緒にいた時間は、あんなにも短かく、後は待つだけの、耐えるだけの、悲しい時間を過ごすばかりだったのに。

でも、辛いだけじゃなかった。幸せもたくさんくれた。
人を好きになる気持ち。心から愛してると思える気持ち。
そしてあなたを思う、そんな自分の心すら愛おしかった。

あなたを愛することは、自分を見つめることでした。
私とあまりにも似た感情を持つあなたを、客観的に、そして主観的に眺めることで、私は自分を見てきました。

ありがとう、ありがとう、そして…

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| 2017.04.02 Sunday | ニタモノドウシ | comments(6) | - |
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