雨の街角

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第七章 転機 〜店長代理〜

由香がコンビニの仕事にも馴れた頃、近くに同じ系列の店舗が増えることになった。日々風景が変わるかのようにコンビニが乱立され、毎日のように今日はどこどこのオープンだという言葉を聞いていた。
そのうち由香も、オープンの手伝いに借り出されるようになった。
店のオープンの時は、コンビニとしてはあまりやらないセールがあり、近所の主婦から子供、もちろんいつもの客層であるサラリーマンやドライバーなど多くの人が押し寄せ、レジに人が絶えることがない。
本部からも手伝いが来るので数人で客や荷物をさばくのだが、そのあいだにもどんどん業者がやってきて荷物の検品やら品出しがあり、少し人が落ち着いたところで伝票を綴じるファイルを作ったりプライスカードの点検をしたり、ラベラーで値段を貼ったり…と休む暇もない。

何店舗目かのオープンの手伝いに行った時、由香はCVS本部長に呼ばれた。
「今度、時間があるとき本部に来てもらえる?こっちの仕事もやって欲しいんだ。もちろんいつもの店とオープン店の手伝いも今まで通り頼むよ」
由香は、自分が認められたようで、嬉しかった。ただ、本部長の次の言葉には戸惑った。
「後、私の店の面倒を見てもらえないかな?今は私が店長と本部長を兼務してるんだが、両方はなかなか厳しくてね。今の店でも店長の仕事、やってくれてるって聞いてるから出来るよね?あとはシフトを組んでくれることくらいかな」
「私はまだ入ってそんなに経たないし、とても無理です」
由香は断ったが本部長は譲らなかった。
「売り上げがどうとか利益や採算がどうとかそんなことを君に言うつもりはないから。人の管理と店の仕入れなんかを見てくれれば。店長が決まるまでだけ、代理をお願いしたいんだ」
その話を聞きながら、由香はあのときのお兄ちゃんを思い出していた。彼もこうやって店長代理の話を聞いたのだろうか。

結局、由香は本部長の店の店長代理と本部の仕事、オープンスタッフ、そしていつもの店のバイトを掛け持つことになった。うっすらと夜が明けてくるのを横目にハンドルを握って帰路に着く毎日を送るようになった。
数時間だけ寝て朝には学校へ、そんな日々が続いたがそれでも仕事は楽しかった。
ただ店長業務で、一番頭を痛めたのがシフトだった。
コンビニは24時間365日営業。その全てに人を配置しなければならない。でも学生がバイトに入りたがらないテスト期間中、クリスマスや大晦日などイベントの時、連休、それらの日をどうやって埋めるか、いつも考えていた。
いろんな仕事をこなしながら、お兄ちゃんはどうしてるだろうと考えた。同じように店長代理の仕事をしながら一喜一憂しているのだろうか…と。
しかし、そんな話をしようにも、お兄ちゃんからの連絡はなかった。



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| 2017.11.05 Sunday |
第七章 転機 〜コンビニのバイト〜

「そうだ、俺、先月からバイト始めたんだよ」
克己はさりげなく話題を変えた。
「何のバイト?」
「ほら俺の家の近くに新しくコンビニが出来たって言ってただろ?そこ」
『コンビニ、お兄ちゃんと一緒か』由香の心のつぶやきに気づくこともなく、克己は続けた。
「うちの店、今週で一人辞めるから欠員が出るんだ。新しいバイトを募集してるんだけど、由香一緒にやらない?」
「私はパーコンのバイトがあるから無理だよ」
「あれって夜に2,3時間だけだろう?掛け持ちで出来るんじゃない?」
「考えておくよ」
「いや、考える時間はないんだ。実は、今日の夕方、友達を連れて行くって店長に約束しちゃったから」
「そんなこと、知らないよ。私は行くなんて言ってないでしょう?勝手なことしないで」
由香は怒ったけど、面接に行ってくれないと面目が立たない、と泣きつく克己に押し切られ、バイトの面接を受けに行くことになってしまった。

「なんだ、いい子がいるって彼女だったの?」
面接を受けに店に入った途端、レジにいた店長らしき人にそう言われた。
「彼女じゃないっすよ。俺もこいつも別に相手いますから」
克己は頭をかきながら言った。
「じゃ、こっちに来て。履歴書は持ってきてくれた?」
「はい」
由香は克己の車の中で書いた履歴書を渡しながら返事をした。
「それじゃ克己君、面接してるあいだ、レジ頼むね」
「は〜い」
克己はのんきな返事をしながら、制服に着替えてレジに向かった。

コンビニで働くことは傷を癒すか、広げるだけなのか、由香にはそのときまだよく分からなかった。
傷…傷なんてものになっているのかさえ、分からなかった。
でも、コンビニで働くことで、お兄ちゃんを知りたかったのかもしれない。同じ仕事をすることで、彼がどんな生活をしているのか、また何を考えているのか、分かるかもしれないと思った。
面接中、考えるのは、お兄ちゃんのことだけだった。

「君、変わってるね。面接に来る子は、時給がいくらなのか、とか、休みはいつとか、そんなことばかり聞くのに、君からの質問は、仕事の詳細だけなんて」
店長はそう言って笑った。
簡単な面接で由香は即採用となった。

翌日の夕方から由香はコンビニのバイトに入った。
コンビニにはデイ勤(日勤)とナイト(夜勤)があって、由香が入る時間は16時か17時から21時頃までという、一番忙しい時間帯の夕勤だった。克己はナイトだったので夕勤から夜勤への引き継ぎの時、顔を合わせた。
目新しさもあったが、覚える仕事一つ一つが楽しかった。
そして、元々初対面の人とでも気兼ねなく話せる由香が、他のバイト、客、業者の人と仲良くなるのに時間はかからなかった。
そのうち、毎日のようにコンビニのバイトを入れるようになり、土日は朝から晩までコンビニにいるようになった。平日のコンパニオンの仕事はどうしても人が足らないからと頼み込まれた時以外は引き受けなくなった。
並行してノボルと会う回数も減っていった。

夕勤の仕事は、品出し、レジ打ちなどが主だったが、由香は夕勤が終わった後も居残りし、夜勤の仕事である締めの実査や売変(売価変更)、そして通常は店長が行う発注の仕事や返本の仕事なども教えてもらうようになり、数ヶ月後には店舗での仕事はすべて1人で出来るまでになった。

しかし、お兄ちゃんの仕事やその忙しさは理解出来たとしても、彼の心中まで察することなど、無理なことだった。



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| 2017.10.30 Monday |
第七章 転機 〜行き場のない寂しさ〜

季節は巡り、由香は大学生活2年目の春を迎えようとしていた。
サークルは、お兄ちゃんの忙しさで、開催されることもなく、解散状態になっていた。
お兄ちゃんからの電話は、この数ヶ月のあいだに一度か二度だけだった。

「俺ね、夜仕事することが多いでしょ?だから目が疲れるんだ。目に良いビタミンって何だっけ?おまえ栄養士になるための勉強してるからそういうの詳しいかと思って」
という電話がかかってきたときも
「角膜や網膜の細胞みたいに表面のことだったらビタミンAでウナギとかかぼちゃに多く含まれてるのね。で、視神経の働きみたいに奥の方のことだったらB群。ビタミンB2は、目の充血や眼精疲労に効くよ。B2はレバーとか卵とか…」
と説明してる途中で
「ごめん、またお客さん来ちゃった。えっと、ウナギとレバーね。ありがと。そういうのあまり食べてないから食べるようにするよ。じゃあね」
それだけ言って切れてしまった。
彼も本当にそのことが聞きたくて電話してきた訳じゃなくて、なかなか電話出来ないことへの後ろめたさから電話してきてくれたのかもしれないが、たった数分の電話くらいもう少し何とか出来ないのかな…由香は行き場のない寂しさを抱えていた。

こういう切なさを、計ったように現れるのは、何故かいつも克己だった。
その日も、数ヶ月前のカレンダーを見ながら『この日が電話で話した最後だな』と由香がつぶやいた時に克己はやってきた。
「よ、少しは元気になったか?」
「もうよく分からない」
由香は、笑うことも泣くことも出来ない、中間地点の顔をしてみせた。
「あ、そうだ、由香、なんだかんだ言って、結局あいつとつきあってるの?」
ノボルのことだった。
「つきあってないよ。時間があるとき、一緒に遊びに行ってるだけ」
「それをつきあってるっていうんだろう?俺の誘いは散々断ってきたくせに」
「どうだろ?手も握られたことなくて、つきあってるって言わないでしょ?普通。自己嫌悪に陥るよ。彼のこと利用してるみたいでさ」
勝手な女だと思った。
心の隙間を他の男で埋めているに過ぎないと、実際に利用しているのだと、自分でも分かっているのに、悪いのはあたかも相手の方だと言わんばかりの台詞だった。

克己は、話も一段落したと思ったのか、袋に入ったクマのぬいぐるみを車の後部座席から取り出しながら言った。
「もうすぐ誕生日でしょ?これプレゼント」
由香は少しだけ笑顔になって克己からのプレゼントを受け取った。
「ありがとう。覚えていてくれたんだ、私の誕生日もぬいぐるみが好きだってことも」
「そのくらい覚えてるよ。未だに初めて出会った日もつきあい始めた日だって覚えてる。何せ俺がこんなに惚れた女はおまえしかいないんだから」
克己の言葉を、馬鹿にしたように由香は答えた。
「はいはい。ありがと」
「茶化すなよ。本気だよ、俺は。おまえの彼氏より絶対俺の思いの方が勝ってるのに」
「そんなこと言って、克己、ちゃんと彼女がいるじゃない」
「そんなの、すぐにでも別れて由香のところに戻ってくるよ。おまえさえその気になってくれたら」
冗談なのか本気なのか、克己の言葉はいつもこんなだった。
「彼もそんなこと言って、前の彼女のところに戻っちゃったのかな」
由香はため息混じりに言ったが、克己はそれについては答えなかった。



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| 2017.10.25 Wednesday |
第六章 苦悩 〜罪悪感と悲壮感と〜

ある日のこと、ノボルは由香に紙包みを渡した。開けてみると、高級なブランドもののバッグが入っていた。
ノボルと遊び始めた頃、ペラペラめくっていた雑誌に載っていたバッグを指さして
「何でもしてくれるんだったら、これ買ってきてよ」
と冗談で言ったことを、思い出した。
「こんなのもらえないよ。あれは冗談だって分かってたでしょう?」
由香はそのバッグをノボルにつき返したが
「返されたって俺も困るよ。いらないなら棄ててくれたらいいから」
と強引に押しつけられた。

「ありがとう。でももうこんなことしちゃ駄目だよ。私たち友達でしょ?こんな高いもの買ってもらうような関係じゃないでしょう?」
ノボルはその言葉にうなずきながらも少し寂しそうだった。
もっと喜んであげた方が良かったのだろうか。
冷たい奴だな、と自分でも思ったけど、それでもやはり喜ぶことは出来なかった。

由香がもらったバッグを包みから出すと、そこには1本のカセットテープが入っていた。
「これは何?」
と聞くとノボルは
「俺の気持ち」
とだけ答えて、そのカセットをデッキに放り込んだ。
その歌は、好きになった女の子には恋人がいるが、その恋人になかなか会えず、女の子は寂しい思いをしている。自分はその子の側にいてやりたい、という内容の歌だった。
「この歌、俺のバイブルみたいな歌。それにぴったりすぎる部分があるんだよ。オンボロ車で迎えに行くからってとこ」
そう言ってノボルは笑ったけど、由香は笑えなかった。
また思い出していた。お兄ちゃんのことを。

「おまえの歌を見つけたんだ」
と言って、お兄ちゃんが聞かせてくれた歌があった。
「これのどこが?」
由香が聞くと
「何をするにしても、耳元で語ろうって言ってるじゃない?この歌」
よく分からない顔をしている由香に、お兄ちゃんは続けて言った。
「おまえ、耳触られるの苦手なんだろ?」
「え?知ってたの?」
「おまえのことはたいてい分かるって、いつも言ってるじゃないか。俺が、髪をなでる時、たまたまその手が耳に当たると、すごくくすぐったそうにしてるのを見て、意地悪してわざと耳触ったりしてたんだ。気づかなかった?」
お兄ちゃんはそう言って笑った。
その後も由香が憎まれ口を叩くたびに
「そんなこと言ってたら、こうしてやるからな」
と言いながら耳に息を吹きかけられて、よく怒っていた。

ノボルとお兄ちゃん…
比べてしまうことがあまりに多く、ノボルといると、だんだん苦しくなる自分を、由香は感じ始めていた。
そして日増しに、ノボルに会うのも辛くなっていった。

罪悪感と悲壮感と、何とも言えない感情が渦巻いていた。
誰といても、何をしていても、お兄ちゃんと会えない寂しさを埋めることは出来ないと、今更ながらに感じていた。



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| 2017.10.20 Friday |
第六章 苦悩 〜ノボルとお兄ちゃん〜

「もしもし、由香?突然だけど、私、この前から吉川君とつきあってるんだ」
電話の主は、純子だった。
「え?吉川君と?」
「うん、あの合コンで意気投合してね。幹事の由香には報告しておこうと思って」
純子は、ノボルと出会った合コンに誘った、高校時代の友達だった。
そしてノボルと吉川君も、高校からの友達だった。由香と純子は別の学校に通っていたが、吉川君とノボルは高校を卒業した後も、同じ学校に通っていた。
ノボルが以前組んでいたバンドの仲間でもあり、ノボルは吉川君のことを親友だと話していた。
コンパの時、ずっとぼんやりしていた由香は、純子と吉川君の様子など、全く見ていなかったので、純子の話には正直驚いた。

「吉川君とノボルくんって仲がいいんだって?今度4人で遊ぼうってことになったんだけど。ダブルデートってやつ?」
純子はそう言って、嬉しそうに由香を誘った。
「純子たちはつき合ってるのかもしれないけど、私とノボルはそんな関係じゃないよ」
そう言って渋る由香に、純子は冷たく言った。
「由香、まだお兄ちゃんのこと引きずってるの?もう、彼のことは、いい加減あきらめた方がいいって。ほとんど会ってないんでしょ?連絡もあまりないって言ってたし。つきあってるのなら、普通あり得ないよ、そんなの。冷静に考えてみなよ」

お兄ちゃんと会わなくなってどれだけ経っただろう…
「もう他に女が出来たんだよ、きっと。由香だって薄々そう思ってるんじゃないの?」
純子はたたみかけるように言った。
彼女は、お兄ちゃんから連絡がなくなってきた頃、心配して遊びに誘ってくれていた友達だった。だから、由香とお兄ちゃんとの経緯をだいたい知っていた。
その純子がここまで言うのだ。いや、純子が言う前から、由香も心のどこかで思ってはいた。
彼から連絡がないのは、バイトが忙しい、ということだけが原因じゃないのでは?と。
純子が言うように、他に女が出来たのかもしれない。そうじゃなかったとしても、自分に対する興味が薄れたことだけは確かだろう。
あれだけ頻繁に連絡があったのに、急に途絶えてしまったのは、明らかにおかしい。

数日後、純子の提案通り、ノボルと吉川君と純子、そして由香の4人で飲み会をやることになった。
ノボルと吉川君はバンドを組んでいただけあってとても歌が上手く、飲み会の後に行ったカラオケは、大いに盛り上がった。
ほんの少しだけ、由香は現実を忘れられた。

純子たちも交えて4人の時もあったが、由香はそれからもほぼ毎週ノボルと会っていた。
ノボルは、どこかしらお兄ちゃんに似ていた。女の子のように可愛い外観や、車よりもバイクが好きなこと、モテるだろうと思うのに、イマイチ女の子に馴れていないところ…
出会いからして似ていた。誘われて嫌々行った場所にいたこと、興味のない由香にしきりに話しかけてきたこと。
悪いとは思いながらも、由香はノボルとお兄ちゃんを重ね合わせていた。



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| 2017.10.15 Sunday |
第六章 苦悩 〜少しずつ動き始めた心の時計〜

「由香ちゃん、つきあってる人いるんでしょ?なのに、どうしてそんなに元気ないの?」
というノボルの言葉に、由香はポツリポツリと話し始めた。
つきあって半年。彼はバイトが忙しくなって、なかなか連絡をくれなくなったこと。寂しさをまぎらせるために、努力はしてみたけど、何をしても駄目だったこと。
それでも、彼をずっと待ってること。
「そっか、それは寂しいね。つきあってるのに片思いか」
「あなた、上手いこというね」
由香はちょっと笑ってみせたけど、ノボルは笑っていなかった。
「よし、じゃあ、俺がピンチヒッターっていうのはどう?」
「え?何?どういうこと?」
「その会えない彼氏の代わりを、俺がするって言ってるんだよ。何を言ってくれてもいいよ。行きたいところがあったら、どこにだって連れて行ってあげるし、したいことがあれば、何だってつきあう」
ノボルはキラキラした目で言った。
「ごめん、そういうのはちょっと…彼の代わりはどこにもいないから。私は彼じゃないと駄目なの」
由香は下を向いた。
今の自分の心と、ノボルの輝く瞳は、あまりにも対照的で、由香には彼の瞳が痛かった。

「そう…だよね。分かった。ごめん。確かに彼の代わりは俺には出来ないよね」
ノボルはしばらく黙った。あきらめてくれたかな?と思った時だった。
「じゃ、友達と遊びに行くって思ってよ?もしそれさえ嫌になったのなら、はっきりと嫌だって言ってくれればいいから。一人きりで寂しく家にこもってるだけじゃ身体に悪いって。ね?そうしようよ」
乗り気はしなかった。でも、このノボルの強引な、要求に近い提案を蹴散らす元気が、今の由香にはなかった。
「じゃ、友達としてね。私は、電話が好きじゃないし私からかけることは絶対にない。友達関係も、かなり頑張ってくれないと成立しないほどの不精者だよ。それでもいいの?」
「もちろん、それでいいよ。ありがとう。俺のことはノボルって呼んで。俺も克己が呼んでいたみたいに、由香って呼んでいい?」
ノボルはとても嬉しそうにはしゃいでいた。

それ以来、ノボルは日曜日になると朝からやってきて、いろんなところに遊びに連れて行ってくれた。
時には、たった5分話すだけのために、片道3時間をかけて来てくれた。
「1時間電話で話すよりも5分でも顔を見て話せる方がいい」
と、ノボルは笑った。
ノボルの家は、由香の家と片道70キロ離れていた。おまけに二人の家を行き来するには、片道1車線しかない狭い国道しかなく、もちろん、高速道路が走っている訳でもなく、渋滞してしまうと片道5時間近くかかることもあった。
それでもノボルは、朝暗いうちから車を飛ばして来てくれた。

不思議なことに、止っていた由香の心の時計は、それから少しずつ確実に動き始めていた。お兄ちゃんだけだった心は、他のことを考える余裕を持つことが出来た。
でもそれは、決してノボルを好きになるということではなかった。

友達としての興味しか持たない由香に、ノボルはとても優しかった。
由香と会う時間が減るから、とノボルはボーリング場のバイトを辞めてしまった。
「そんなことしたら困る」
と、何度も言ったのだが、彼は聞かなかった。
やはり、始めの印象通り、かなり強引な人だった。



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| 2017.10.10 Tuesday |
第六章 苦悩 〜可愛い顔をして強引な男〜

しかし、ノボルから電話があったのは、そのすぐ後のことだった。
「由香ちゃん?俺、ノボル。さっきは送ってもらってありがとう」
「何でうちの電話番号知ってるのよ?」
「ごめん。克己から聞き出した。どうしてももう一度会って欲しくて」
「私、彼氏がいるから」
「知ってる」
「知ってるのなら…」
「彼氏がいたって友達にはなれるよね?克己だって友達なんでしょ?」
「分かった、分かった。じゃ、あなたと私は友達。それでいいでしょう?じゃあね」
面倒になり、由香はノボルの次の言葉も聞かずに、電話を切った。

その「分かった」という言葉をどう解釈したのか、ノボルは電話を切った数時間後、また電話をしてきた。
「今、由香ちゃんちの近くまで車で来てるんだ。家まで行くから、ちょっと出てきてくれない?」
「あなたねぇ、一体、何考えてるの?困るよ、突然来られたって」
由香は怒りながら答えたが、ノボルは怯んだ様子もなく言った。
「だって、このくらいしないと会ってくれないでしょ?とにかく出てきてね。家の場所は克己から聞いたから」
そう言った瞬間、電話は切れた。
ノボルは、女の子みたいな風貌の割には、かなり強引な男だった。

「汚い車でしょ?由香ちゃんの車に比べたらボロボロ。でもこの車、可愛い奴なんだ。俺の大事な相棒」
由香が彼の車に乗った途端、聞いてもいないのに、ノボルは一人話し始めた。
「車も好きだけど、単車も好きなんだ。夏休みになったら、いつも単車でひと月かけて北海道をまわるんだ。金がなくなったら喫茶店とかレストランとかバイトさせてくれるところを探して、いくらか稼いだらまた出発って感じでね。北海道はそういう単車野郎がいっぱい来るから仲間も出来て楽しいんだよ」
何も言わない由香に、ノボルは一人話し続けた。
「俺、喫茶店で会った時から、一目見て由香ちゃんのこと気に入ったんだ。克己からは、由香は彼氏がいるから駄目だって言われたけど、他の子は目に入らなかったし」
「そう…」
由香は、ノボルの方を見る訳でもなく、ずっと窓の外だけを見ていた。

「今、克己と同じ学校に通っているんだ。って、そんなこと言わなくても知ってるか。でも由香ちゃんは絶対に知らない、すごい話があるんだよ」
そんなことを言えば「何々?」と興味を示すとでも思ったのだろうか。由香は余計しらけてしまい、深いため息をついた。そんな態度にも、ノボルは全く動じなかった。
「これでも、ロッカーでね、俺。今は髪も短くしちゃったけど、バンドやってた頃は、床に着くほど長い髪だったんだ」
「床に着くほど?」
ノボルは『待ってました』とばかりに、由香の方を見て、にっこり笑って言った。
「やっと口を利いてくれたね。良かった。ずっと寂しそうだったから」
「寂しそう?私が?そ…うだね」
由香は窓の外にあった視線を膝元に落としながら言った。
「彼氏がいるって聞いてたのに、寂しそうな顔してたじゃない?喫茶店でもボウリング場でも」
「誰かと賑やかに楽しく騒ぐような気分じゃないの。今日も克己に合コンしようって言われて、嫌々メンバー集めただけだし。彼も、元気がない私を心配して声をかけてくれたとは思うんだけど」
このとき、由香は、初めてノボルと会話らしい会話をした。
「俺、由香ちゃんに見てもらおうと思って、張り切ってスコア230も出したのに、チラッとも見てくれなかったよね」
ノボルは苦笑いしながら言った。
「230?上手なんだね」
「ボウリング場でバイトしてるから。営業が終わった後、練習してるんだ」

可愛い顔して強引なノボルは、こうして由香からすんなりと会話を引き出した。
『そういえばお兄ちゃんとも初めこんな感じだった。全く口を利かない私に、お兄ちゃんはしきりに声をかけてきたんだった』
由香はまた、お兄ちゃんを思い出していた。



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| 2017.10.05 Thursday |
第六章 苦悩 〜克己からの電話〜
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「由香?彼とはどうなんだよ?その後」
克己から電話があったのは、由香がそうやって自己嫌悪に陥っている頃だった。
克己は、お兄ちゃんに「元カレがヨリを戻そうと言って困っている」と嘘の相談をしたあの元カレだった。
先日、克己から電話があったとき、元気がないことに気づかれてしまい、仕方なく、彼とは会えない日が続いていることを打ち明けていた。
「あれからもずっと会ってない…電話もほとんどない」
由香は、すっかり滅入った声でつぶやくように言った。
「もうあきらめろよ。そんな男忘れて、コンパでもやろうぜ」
克己はやけに明るく言った。
「コンパ?」
由香は少し怒った声で言った。
「おまえも、会えない男のことばっか考えてないで、パーっとやった方がいいって」
自分が騒ぎたいというのももちろんあっただろうが、克己も多分、心配してくれているのだろう。
その気持ちが分かった由香は気乗りしないが彼の誘いに応じることにした。
「じゃ、5,6人集めといて。とりあえず元気出せよ。じゃあな!」
克己は楽しそうな声のまま電話を切った。

当日、約束の喫茶店で集合した後、ボウリングに流れることになった。
みんなが楽しそうにボウリングをしている中、由香一人、ゲームにも参加せず、後ろの席でぼんやりと考え事ばかりしていた。
『そういえば、初めてのサークルはボウリングだったな。あのときはお兄ちゃんのこと大嫌いだと思ってたんだ。居酒屋で意気投合するまでは嫌いだったんだ。そのまま嫌いでいた方が良かったのかな』と。

「…な、おい、由香!聞いてるのか?」
克己が声をかけてくるまでゲームが終わっていたことにすら気づかなかった。
「あ、ごめん」
由香はうつろな目で答えた。
「悪いけど、あいつ送ってやってくれよ」
克己があいつと指さしたのは、とても可愛い女の子のような男の子だった。彼は由香と目が合った瞬間、ペコリと頭を下げた。
「何で?克己が送ってあげればいいでしょう?」
由香は、頭を下げた男の子の視線を無視し、克己を睨むように答えた。
「いや、あいつ、おまえが気に入ったらしいんだよ」
克己は由香の耳元でこっそりささやいた。
「そんなこと知らないよ。第一、私はそんなつもりで来たんじゃない。克己だって知ってるでしょう?」
由香はきっぱりと言い放った。
「俺も言ったよ。由香には彼氏がいるって。でもあいつ、聞かないんだ。とりあえず駅までだけ送ってやって。あいつの家、遠いから電車で来てるんだ。な、頼むよ」
克己は言いたいことだけ言って、去ってしまった。
由香は言い返す気力もなく、克己の指示に従った。

「行くよ」
由香はポケットから車の鍵を取り出して、克己があいつと指さした男の子に言った。
そして振り返ることもなく、早足で駐車場に向かった。女の子みたいな男の子は後ろからトコトコ着いてきた。
彼はノボルだと言った。聞いてもいないのに、自分の名前をそう告げた。
由香は全く興味がなかった。
車内でも一言も口を開くことはなく、彼が告げた駅まで送っていくと
「じゃあね」
とだけ言って、車から降ろして去った。



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| 2017.09.30 Saturday |
第六章 苦悩 〜電話を待つだけの日々〜

ある日曜日、お兄ちゃんからもらったシフト表を見ると、ちょうど彼の入っている日だった。
由香はまた、彼のバイト先に行ってみることにした。忙しそうにしていたら、表から彼の姿を見てみるだけでもいい…と思った。
コンビニの前に車を止め、中をのぞいてみると、お兄ちゃんは見えず、バイト店員が2人見えるだけだった。由香は客のフリをして中に入ってみたが、それでもやはり彼はいなかった。
「すみません。今日は新井さん、いらっしゃると聞いたのですが…」
由香は客になりすまし、バイト店員に聞いた。
「今日はシフト変更になったので出てきてないんです。何かご用でした?」
「あ…いえ、ちょっと先日お願いしていたことがあって。でもいらっしゃらないのでしたら、また来ます」
「何か伝えておきましょうか?」
「いえ、結構です。お忙しい中ごめんなさい…ありがとうございます」
「申し訳ありません」
不審がる顔でもなく、アルバイトの店員は笑顔で応対してくれた。しかし、由香の心は複雑だった。
表に止めた車に乗り込み、コンビニを恨めしそうに見つめながら、独りごちた。
『バイトじゃないのなら連絡くれればいいのに。シフトが変わったのなら教えてくれたらいいのに。声が聞きたいのは私だけ?会いたいと思ってるのは私だけなの?』 

お兄ちゃんの家はここからすぐだ。
このまま車を飛ばそうか、それとも電話してみようか。
そう思ったけど、自分からは行かなかったし連絡もしなかった。

それ以降、お兄ちゃんのいるコンビニに行くのはやめた。
変に勘ぐってしまう自分が嫌だった。

それからも、明らかに電話の回数は減っていった。
お兄ちゃんに会えない時間を利用して、彼が好きな作家の本を読み、彼が好きなアーティストの歌を聴いた。
しかしそんなことをしても、彼と一緒に海で本を読んだことや、車で手をつなぎながら聴いた歌のことばかり思い出してしまう。
それらの行動は、会いたさが募るだけで、何の解決にもならなかった。
週末になるたび、もしかしたらバイトを休んで電話をくれるかもしれないと思い、朝から晩まで、電話の前で彼からの電話を待つだけの日々。
しかし、どれだけ待っても彼からの連絡はなかった。

由香は、寂しさをまぎらせるために、休みになるたび友達と出かけるようになった。遊園地、海、ショッピング…毎週毎週いろんなところに行った。
みんなの手前楽しそうに笑ったり話したりしたが、どこに行っても何をしていても気になるのはお兄ちゃんのことだけだった。
家に帰ったら「ただいま」というより先に「お母さん、誰かから電話なかった?」と聞くのだけど「ないよ。あったら言うって言ってるでしょ?誰の電話をそんなに待ってるのか知らないけど…」と呆れられる始末。
由香はもう出かけるのをやめた。
何をしていても、心の中では電話を待っているだけの状態。それはただ辛いだけだった。
それなら家で一人、膝を抱えて電話を待っている方がまだ良かった。辛かったけど、そんな状態で笑うよりはずっと良かった。

考えることはお兄ちゃんのことだけ。
彼に会うまでは、彼を好きになるまでは、恋人なんていらない、男なんて…と思っていた私。友人たちが恋人欲しさにサークル、サークルと騒ぐ姿に、嫌悪感すら覚えていた私。
それが今ではどうだろう。何をしていても彼のことしか考えられない、自分こそ、本当につまらない女だと、不気味な笑いさえこみ上げて来るのだった。



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| 2017.09.25 Monday |
第六章 苦悩 〜目に見えない厚い壁〜

「外で待っててくれる?もうすぐ休憩だから、近くの喫茶店でお茶でも飲もう」
お兄ちゃんがそう言うので、由香は外に出て待っていた。
「ごめん、お待たせ。あそこ、いつも休憩のときに行く喫茶店なんだ」
しばらくすると彼が一軒の喫茶店を指刺しながら出て来た。それはコンビニの先から続く商店街の入り口にある、古びた喫茶店だった。
店に入り、お兄ちゃんはコーヒーを2つ注文した。
マスターは、コーヒーをテーブルに置く際
「休憩かい?」
と彼に声をかけ、由香には
「ごゆっくり」
と言って下がっていった。
由香はいつも通り、スプーンをソーサーの奥に置いてブラックで飲み始めた。お兄ちゃんは、砂糖を2杯、そしてソーサーに置かれた小さなミルクポットに入ったミルクを、全て入れてかき混ぜた。
それはいつもと何も変わらない光景だった。
しかし、その日の二人のあいだには目に見えない厚い壁があった。
話したいことがいっぱいあったはずなのに、彼を目の前にしたら、その壁が邪魔をして由香は何も口に出せなかった。
「なかなか連絡が出来なくて…ごめんな」
お兄ちゃんがそう言うまで、二人に会話は全くなかった。
「仕方ないよ」
由香は少し笑って言った。
「駅前だから、ものすごく忙しいんだ、朝も昼も晩も。レジに20人30人と客が並ぶなんて、ザラで。もう毎日てんてこ舞い。レジが切れたら品出しだろう?手が空くのはいつも真夜中で。そんな時間に電話するわけにもいかなくて」
「分かってるって。気にしないで。それより身体は大丈夫?無理してない?」
分かってる…いや、分かってなかった。何も分かりたくなかった。本当は『こんなに会えないほど忙しいならバイトなんてもう辞めて』そう言いたかった。
でもお兄ちゃんにとって、バイトは、遊ぶためのお金欲しさではないことを、十分知っていた。
言えなかった。何も。

「ごめん。もう行かなくちゃ。休憩30分しかないんだ」
そういってお兄ちゃんがすまなそうに立ち上がった。由香は結局、何も話すことが出来なかった。
「ごめんね。急に来て」
「ううん、嬉しかった。ありがとう。また来てよ。先に出るけど、お金は払っておくからお前はゆっくりして行けよ。じゃあね」
「いいよ、そんなことしたら折角のバイト代が…」
と、由香は言いかけたけど、お兄ちゃんは伝票を持った手を振りながら、小走りで行ってしまった。
レジでマスターにお金を払うと、こっちを指差してあの子はもうちょっといるからと言うようなことを言い残してお兄ちゃんは店を後にした。
その後ろ姿を見送った後も、由香はしばらくぼんやりしていた。
どれくらいの時間が経ったのか、分からなかった。コーヒーはほとんど手つかずのまま完全に冷めてしまっていて、もう飲める状態ではなかった。
これからもこんな感じなのかな。もう以前のようには会えないんだな。
覚悟はしていたつもりだったけど、悲しかった。

カウンターの奥にいたマスターに頭を下げ、由香は喫茶店を出た。
車に戻り、彼の働くコンビニをのぞいてみた。帰ることだけでも伝えようと思ったが、コンビニのレジには、彼がさっき言ったように、多くの人が並んでいた。お兄ちゃんはレジを打ち、袋に商品を詰め、忙しそうにしていた。
もちろん、由香の姿に気づくこともなかった。
ドライブモードにシフトを入れ、ターンシグナルを右に出し、静かに車を発進させた。

それ以降も彼からの連絡はほとんどと言っていいほどなかった。
たまに店から電話をくれても
「ごめん、お客さん来たから。また電話するね」
と言ってすぐに切られてしまった。
由香の方もシフト表を見ながら受話器を手にするのだが、彼の忙しそうな姿を思い出すととても最後まで番号を押すことは出来なかった。

そんな日々が続いた。




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| 2017.09.20 Wednesday |
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