雨の街角

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第二章 困惑 〜彼からの電話〜

「また電話する」
別れ際の彼のそんな社交辞令のような言葉を、真に受けた訳ではなかった。
しかし、その電話はちゃんとかかってきた。
お兄ちゃんに、自宅まで送ってもらったあの日から、数日後のことだった。

「もしもし?俺、俺」
「俺って誰?」
「いろんな男たちからいっぱい電話がかかって来るから、俺の声なんて覚えてもいないってこと?」
「あ〜お兄ちゃん?」
「あ〜って何だよ、その言いぐさ」
「ごめん。それで?」
「それでって…この前、家まで送って行った時、今度電話するって言っただろ?」
由香は驚いた。
社交辞令だと思っていたあんな言葉を、彼が実行するとは思っていなかったからだ。
これまでそんな人はいなかった。
また電話する、また行く、そんな『また』は、いつまで経ってもやってくるはずもない、置き去りにされた約束だと思っていたし、これまでもずっとそうだった。
由香が言葉に詰まっていると
「何、どうしたの?今、電話しちゃマズかった?切ろうか?」
お兄ちゃんが心配そうに聞いた。
切りたくはなかった。しかし『また電話するなんて言葉、社交辞令だと思っていたから驚いた』なんて言うのも悪いと思い、言葉を詰まらせた。
「え、いや、大丈夫だよ」
「だったらいいんだけど。何だか困ってるみたいだから、タイミング悪かったのかなと思って」

何か会話を続けなければ、と由香は次の言葉を探した。
「あ、あのね、ちょうど良かった。私、お兄ちゃんに相談があったんだ」
「何だよ、俺で相談に乗れるようなことだったら言ってみて」
「う、うん、でもいいや」
「何だよ、気になるじゃないか」
「いいの、ごめん。本当に気にしないで」
相談なんてなかった。
しかし、用事がなければ電話は切れてしまう。それをつなぎ止めておくためだけのでまかせだった。
「電話じゃ、話しにくいか。そうだよな。分かった、じゃ、時間が作れる時にまたそっちに行くよ」
お兄ちゃんは勝手に、電話だから言えないのだと解釈したようだった。
「ごめんね。気を遣わせて」
「なんの、なんの、俺は兄ちゃんだからな。じゃ、また連絡するよ」
「うん、じゃあね」
電話は切れてしまった。
続いていても、話すようなことなど何もなかった。それでももっと話していたかった。
電話が切れた後も、由香はぼんやりしていた。切れた電話の余韻が少し寂しかった。

それから1時間ほど経った頃だろうか。またお兄ちゃんから電話があった。
「俺だけど。今、おまえんちの前に来てる。相談したいことがあるなんて、よほどのことじゃないかと心配になって」
「ホント?すぐに降りるから待ってて」
階段を駆け下り、玄関に飛び出した。
表には紺色の車が止まっていて、お兄ちゃんが中から手を振っていた。
由香は、滑り込むように助手席に乗り込んだ。

夕暮れ迫る空の下、車はゆっくり動き出した。
車に乗った由香は、何を言っていいか分からず、しばらく黙り込んでいた。
傾きかけた太陽が少し眩しかった。




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| 2017.05.21 Sunday | ニタモノドウシ | comments(4) | - |
第一章 嫌悪 〜切なさを知る〜

多分、今ここでこうやって話してる彼が、本来の彼なのだろう、由香は思った。
静か過ぎず、騒ぎ過ぎず、相槌を打ちながらお互いの様子を伺う二人。
しかし、その伺いは、いつものように裏の影を見るようではなく、ただ相手を知りたい心から来るものだった。

ふと、由香は思い出し笑いをした。
「何がおかしいの?」
彼は由香の顔をのぞき込んで聞いた。
「私ね、初めてのサークルの時、大嫌いだって思ったの、お兄ちゃんのこと。もっと言えばさっき居酒屋で隣に座ったのも、他に空いてる席がなくて嫌々だったんだよね」
「なんだよ、それ。ひどいな。俺、まだおまえと一言もまともに話してなかったのに?」
「うん、そう。けど、あのときの自分が、今こうやってお兄ちゃんに送ってもらって、こんな話してるのかと思ったら、人生何があるのか分からないんだなって」
「それはいいことなの?悪いことなの?」
「今のところはいいことかな。そのうちどうなるか分からないけど」
「一寸先は闇、とも言うからね」
二人は大声で笑った。

由香は、今まで誰かとこんな会話をしたことがなかった。
いつも、たいていは口を開いていた。
友達の口から出る話は、ブランドだのタレントだの、由香には興味の持てない話ばかりだった。しかしその話に乗り、それが楽しいフリをした。時には、先頭に立ってそんな話をした。
それは他でもない、自分の心中を知られないようにするためだけの、まさに演技とも言える会話だった。
そして人に向ける笑顔は、いつも厚すぎる仮面を被った顔だった。
悩みなんて一つもありません、というような、楽天的な態度は、実は由香の抱える本質の真逆だった。
そんなことをして意味があるのか、よく分からなかったけど、本当の自分を誰かに知られるのが怖かった。

しかし、その日の由香は、笑いたくて笑っていた。そして、話したくて話していた。
それは仮面の笑いではなかったし、心の底から楽しかった。
今まで男女ともにそんな人に出会ったことはなかった。
表面上仲良くしている友人もいたが、心底の話をしたことはなかった。
もちろん、自分の寂しさや苦しさや辛さや、そんなものを見せたこともなかった。

楽しい時間は、あっという間に過ぎてゆき、家に着いてしまった。
「うち、ここなの。ごめんね、また30分以上歩かせることになるけど」
「大丈夫。今日は話せて良かった」
「こちらこそ、ありがとう。気をつけて帰ってね」
由香がそう言って玄関の扉を開けようとしたとき、お兄ちゃんが声をかけた。
「また今度電話するよ。じゃ、おやすみ」
うなずきながら手を振る由香に、彼も手を挙げて帰って行った。
そのとき、心にチクッとした痛さを感じた。

それは生まれて初めての切ないという感情だった。




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| 2017.05.17 Wednesday | ニタモノドウシ | comments(2) | - |
第一章 嫌悪 〜分かり合えるからこそ〜

由香の家は、お兄ちゃんが言うように周りは田んぼや畑だらけの田舎で、帰り道はかなり暗い。消えそうな電灯がまばらに見える程度で、人に出会うこともほとんどない。
そんな暗い道を二人で歩いていたら、遅咲きの桜だろうか、生暖かい風に吹かれて花びらがヒラヒラと舞っているのが見えた。
「まだ、桜、咲いてるんだ…」
由香の言葉に、お兄ちゃんが言った。
「来年の春は満開の桜でも見に行くか、弁当持って」
「うん、いいね」
いつもならそんな言葉に、相づちを打つような由香ではなかったのに、その日は素直にうなずいた。

「知ってる?うちのサークルの男ども、ほとんどがおまえ狙いらしいぞ。そういえばおまえ、テレビのオーディションで最終まで残ったんだって?それを聞いた野郎たち、のんちゃんに土下座するようにおまえを引っ張って来いって頼んでたぞ」
「え?のんちゃんそんな話したの?私、あの番組が好きで高校の時から毎週見てて、ダメ元で応募したら最終まで残ったんだよね。そこで落ちちゃったから番組には出られなかったけど。オーディション風景でほんのちょっとだけ出たんだよ」
「そうなの?俺もよく見てるよ。じゃ、オーディションに受かってたらサークルにも入ってなかったってことだよね?」
「うん、忙しくて無理だっただろうね。あ、そうそう女の子たちは、ほとんどがお兄ちゃん目当てなんだって」
「どうでもいいよな、そんなこと」
「ホントだね」
本当にどうでもいいことだった。
きっと彼の方も、由香と同じように、サークルに恋人を求めていた訳ではなかったのだろう。

「そうだ、言い忘れてたけど、俺の妹の名前、おまえと同じユカなんだよ。うちの妹の字はユカのカの字がにんべんに土二つの佳だけどね」
お兄ちゃんが言った。
「じゃもし私がお兄ちゃんと結婚したら、お兄ちゃんの妹さんと私は同姓同名になるんだ?」
「本当だね。それで、妹と同じ名前のおまえが気になって、初回のサークルの時から機会を狙って、その話しをしようと思っていたのに、ずっと機嫌悪くて。それも他の奴らとは楽しそうに話してるのに、俺が声をかけたら、途端に機嫌が悪くなるから。俺、何で嫌われてるんだろうって悩んでたんだ」
お兄ちゃんは首をすくめ、笑いながら言った。
「ごめんね。だって、お兄ちゃんふざけてばかりでどんな人なのか分からなかったから。私と一緒で、ピエロは演技なのか、それとも、それとも…って考えていたら、なかなか話せなかった。それに、もしお兄ちゃんが私と同じ考えをもった人なら、お互い近寄らない方がいいかもしれないって思ったし」
「なんで?似ているからこそ、分かり合えていいんじゃないの?」
「分かり合えても、駄目なこともあるよ。お互いが分かりすぎて、余計傷つくことってあると思う」
「う〜ん、俺には難しすぎて理解不能だな」
お兄ちゃんは苦笑いだった。

分かり合えるからこそ、ついてしまう傷。
由香はそのとき、何気なくそう言ったけど、そのときはまだ本当にそうなるとは、夢にも思っていなかった。
そして、似たもの同士でつけた傷は、どうしたって消えないということも…




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| 2017.05.12 Friday | ニタモノドウシ | comments(4) | - |
第一章 嫌悪 〜本当の姿〜

二人は居酒屋の近くからバスに乗り、電車の駅までたどり着いた。
しかし、バスに乗った後も、駅で電車を待っている時も、彼はほとんど口を開かなかった。
「お兄ちゃん、どうしたの?気分でも悪いの?」
気味が悪くなって由香は聞いた。
「いや、そんなことないよ。どうして?」
「だって、あれだけ大騒ぎしていたのに、今はこんなに静かだし」
「あぁ、居酒屋でのことね。あれは表面上の俺。今が本当の姿かな。AB型だから二重人格なのかもね」
と言って笑った後、少し真面目な顔をして語り始めた。
「俺、本当はあぁいった騒ぎは苦手なんだ。けど、人に本当の自分っていうのかな、そういうのを見られるのが怖くて、いつも笑ってる、多分。中学の頃、おやじを病気で亡くしたんだけど、父親がいないことで、周りから変な同情受けたりして。でも辛い時に辛いだろうって思われるのが、何だか癪でね。だから、自分を見破られないようにするために、いつも馬鹿やってるんだよ。癖みたいなものかな」

『まるで私?』
由香は親を亡くした訳ではなかったが、何度となく人に裏切られ、どん底を味わってから、老若男女問わず、人を信用出来なくなっていた。
だから自分の真意を隠して笑顔を作り、賑やかに騒ぐことで、周りに心中を察知されないようにしていた。
彼も同じなの?
由香は自分と同じような考えを持った人に、初めて出会った気がした。
本当は初めてではなかったのかもしれないが、心中を隠してきた彼女に、そういう話をしてくれた人なんていなかった。まして自分をさらけ出してみよう、と思える人もいなかった。

そんな会話をしているうちに電車が来たので、二人はそれに乗り込んだ。乗客はまばらだった。座席はほぼ空席だったのに、二人とも座らず入り口付近に立っていた。
ドアが閉まり電車が走り出した時、由香は口を開いた。
「さっきの話なんだけど。そんな話、私にしていいの?出会って間もない、知り合いに毛が生えた程度の私に、腹の中、見せるような話して」
お兄ちゃんは少し考えてから答えた。
「何でだろう?あいつらが言ったように、おまえが俺に似てるからじゃない?おまえだったら、俺の心中、理解してくれるような気がしたんだよ。きっと」
「買いかぶりすぎだよ」
と由香は答えたが、その言葉を聞いて、彼は少し微笑んだだけだった。その後はずっとドア越しに流れる、夜の風景を見ていた。

そのうち電車は由香の降りる駅に到着した。
「私、1人で帰れるから大丈夫だよ。お兄ちゃんはこのまま電車に乗って帰って」
彼の家は、そこからまだ2駅先であることを知っていたので、そう促した。
しかし、彼は聞かなかった。
「いいよ、俺が送るって言ったんだから。おまえんちド田舎だろ?ここから歩いて何分あるんだよ」
お兄ちゃんはニヤニヤ笑いながら言った。
「ド田舎って失礼な。お兄ちゃんちなんてそのド田舎よりまだ奥じゃない」
由香はふくれながら言った。
「奥って言ったって俺んちは、こんなド田舎じゃないよ」
お兄ちゃんは駅の周りを見渡しながら言った。
静かだった由香たちは、いつの間にか居酒屋での二人に戻りつつあった。
ホームでそんな会話をしているうちに、電車は行ってしまった。
二人は改札を通って外に出た。




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| 2017.05.07 Sunday | ニタモノドウシ | comments(2) | - |
第一章 嫌悪 〜お兄ちゃん〜

『本当に言っちゃったよ、この男』
あんなこと言わなければ良かったと思ったが、後の祭りだった。
鈴木さんがしくしく泣き出したのを見て、他の男の人は必死でフォローしていた。
「新井、そんな言い方ないだろう」
と新井さんを責める人もいたが、彼はますますヒートアップして
「そんなこと言っても、俺、この前のボウリングの時から、ずっとつきまとわれて、正直困ってるんだ」
とまで言ってしまった。
その言葉を聞いて、鈴木さんは泣き声を一段と高くした。目の前の状況はだんだん修羅場と化してきた。
そして、ますます見抜けぬ男に、戸惑いが隠せなかった。

その後、鈴木さんは子供のように泣きじゃくりながら帰ってしまった。
お酒が入っていたこともあって、鈴木さんが帰ってしまったことを気にする人はいなかった。彼女が去った後、場はすぐに元の賑やかさを取り戻した。
新井さんはというと、鈴木さんのことなど全く意に介する様子もなく、由香に話し続けた。
「あそこに顎の長い男いるでしょ?あいつアボっていうんだけど、漢字で書くとこざとへんに可能の可、保険の保なの。あいつの名前初めて見た時、君アホくんっていうの?って言ったらあいつ、本気で怒って、ボクの名前はアホじゃなくてアボです!ってカンカンに怒って言うの」
その下らない話が何故かツボにはまって、由香はプッと吹き出してしまった。
「お!やっと笑ってくれたね」
新井さんはそういって、由香の手をとり握手しながら思いっきりその手を振った。

そのうち考えるのも馬鹿馬鹿しくなり、由香も彼と一緒に、いつものように大騒ぎする始末。
いつもと違うのは、ピエロが二人いることだった。

大騒ぎはどんどん広がり、そんな二人のピエロが馬鹿な話をする周りに、サークルメンバー全員が集まってきていた。
そんな中、二人の会話を聞いていた、新井さんにアホ君と呼ばれた阿保さんが言った。
「この二人、なんか似てない?」
そこへ、のんちゃんが口を挟んだ。
「ということは、新井さんもいつも楽しげにやってるけど、本当は何考えてるか分からない人?私、由香と十年来のつきあいだけど未だによくわかんない人なんだよね」
「まさしく新井もそんな男だよ。俺たち高校の時から一緒なんだけど、未だにこいつの心中さっぱり分からないし」
阿保さんも、隣にいた伊藤さんも賛同した。

『客観的に見れば似てるらしい、私たち。ということは、ピエロは私と一緒で仮の姿か』
由香がそんなことを思ってるとき、また違う誰かが言い出した。
「そういえば、この二人、顔も似てない?」
そう言われて由香と新井さんは向き合った。二人が顔を見合わせたのは、それが初めてのことだった。
見つめ合った目が離れた瞬間、新井さんが言った。
「そうなんだよ。実はさ、内緒にしていたけど、俺たち兄妹なんだよな?」
「そうそう、兄妹なの。ね、お兄ちゃん」
調子に乗って、由香が応えた。
結局、由香が彼に向かって「新井さん」と呼んだことは、それ以前もそれ以降もなかった。

その日から由香は、彼のことをお兄ちゃんと呼ぶことになる。
その呼び名が、いつまでもいつまでも由香の心に残ることになるとは、このとき、まだ知るよしもなかった。

「あの…申し訳ありませんが、次のお客様もありますのでそろそろ…」
居酒屋の店員が、申し訳なさそうにそう言ってきた時には、すでに終了予定時間を1時間も過ぎていた。
「じゃ、そろそろお開きにしようか」
お兄ちゃんの言葉で、みんな店を出た。
居酒屋の前の歩道は少し狭く、追い出された面々が大騒ぎしている横を、通行人が迷惑そうな顔で通っていくのが見えた。
「他の人の迷惑になるからみんな早く帰れよ。それともう遅いから、駅から遠い女の子は男が送って行ってあげろよ」
お兄ちゃんはみんなを促した後
「おまえは俺が送っていくから、心配しなくていいよ」
と、由香の耳元で告げた。
ぽつぽつと話し始めた頃、彼は由香の家の場所を聞いていたので、自分の家とそう離れていないことを知っていた。
みんなが去っていくのを見送って全員が帰ったところで
「さぁ、じゃ、俺たちも帰るか」
と、お兄ちゃんは振り返って言った。





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| 2017.05.02 Tuesday | ニタモノドウシ | comments(6) | - |
第一章 嫌悪 〜ピエロの役回り〜

次のサークルは、居酒屋で懇親会だとのんちゃんから連絡があったのは、初めてのサークルから1週間ほどした頃だった。
乗り気ではなかったが、のんちゃんの立場も考えて、あと何回かは顔を出しておこう、と由香は決めていた。
「サークルは夕方からだし、それまで久しぶりにテニスでもしない?」
のんちゃんはサークルの話が終わると、由香をテニスに誘った。

まだ4月だというのに約束したその日は真夏のような暑さだった。コートにいる間中、肌がジリジリ焦げ付いていくような、そんな感覚に捕われていた。
案の定ロッカールームで自分の姿を見ると真っ赤に日焼けしているのが見えた。

夕方、のんちゃんと居酒屋に行くと、二階の座敷席に通された。部屋に入ると、他のメンバーはすでにそろっていた。
「適当に座って」
という声が聞こえたので、空いている席を探して、由香は思わず「え?」と声をあげた。
あの嫌な男、新井さんの横しか空いている席が見えなかった。彼の左隣は当然のごとく、鈴木さんが陣取っていた。のんちゃんを見ると空いていたもう一席に座って隣の人と話し始めていた。
ボーリングの時、同じグループだった恵ちゃんに、ことの経緯を聞いてみると
「あ〜、新井さんの隣ね、初めは他の子が座っていたの。だけど、鈴木さんがあまりに新井さんにべたべたするものだから、嫌気がさして、別の席に移っちゃったのよ」
と、しかめっ面で教えてくれた。
そういう事情なら、新井さんの横に座ったところで、彼は鈴木さんと話すのに忙しく、自分に構うこともないだろうと思い、由香は空いているその席に座ることにした。

案の定、鈴木さんは自分が食べることをそっちのけに、料理をお皿に盛っては
「はい、新井さん。これ美味しいよ。私もさっき食べたんだけど、すごく美味しかったの」
などと言いながら、甲斐甲斐しく面倒を見ていた。由香は彼らの方を一瞥しただけでそっぽを向いた。
しかし、そんな由香に新井さんは声をかけてきた。
「ブラックコーヒーの格好いいお姉さん、飲んでる?食べてる?」
「飲んで食べてますので、どうぞおかまいなく」
そんな素っ気ない態度にもめげず、新井さんは続けて質問をしてきた。
「大人しいね?ボウリングの時も静かだったし。どこの大学だっけ?出身は?」
「南のはずれにある、誰も知らないような短大に通う、地元の人間です」
冷たく答えてやれば、そのうちあきらめるだろうと思ったのに、彼は嬉しそうに続けた。
「南にある短大って、もしかしたらあそこ?俺の家のすぐ近くだよ?俺の家はね…」
などと聞いてもいないのに、自分の家の説明まで始めた。

サークルは乗り気がしないので大人しくしているけど、由香は普段、決して大人しい人間ではなかった。
コンパやパーティをするときには、たいていの場合、幹事で、もちろん、それは由香の盛り上げてくれる性格を知ってのことだった。あの子に任せておけば楽しい場が作れるとみんなが思っていたからだった。
人が集まる場所には、必ずいる『場を盛り上げるだけのピエロの役回り』それが由香だった。
但し、それは仮の姿。
本当は、賑やかなことは苦手だった。全てのことを一歩引いたところで、冷めた目でしか見ることが出来ない女。
だからこういう自分に似通った、賑やかなピエロ男の真意を探ってしまう。そして探ってしまう自分に疲れてしまうので、得意ではなかったのだ。

つまらなそうに答える由香の態度にもかまわず、新井さんは話し続けた。
その新井さんの向こう側では、鈴木さんがしきりに彼に話しかけていたが、彼に無視される形となっており、寂しそうにしているのが見えた。
「お隣の彼女、あなたと話したがってますよ。私なんかにかまってる暇があったら、お隣と話されたらいかがですか?」
由香は冷たく新井さんにそう言い放った。
「実はね、あの子、苦手なんだ」
新井さんは杏子の耳元で答えた。
「苦手なら苦手だって言えばいいじゃないですか。あなたがいい顔ばかりするから、彼女、勘違いして…」
そこまで言いかけた時だった。新井さんはくるっと鈴木さんの方を振り返って言った。
「あのさ、俺ばかりと話しても、仕方ないでしょ?もっと他の人とも話さなきゃ」
その言葉を聞いて、鈴木さんはすごい形相になった。しばらくすると涙目になり
「そんな風に言わなくても…」
と言い返したが、新井さんは
「だってそうだろう?いろんな人と会話するために、このサークルも親睦の場もあるんだから。俺だって他の人とも会話したいし、君ばかりかまってるわけにもいかないんだよ」
と、ムッとしている様子だった。

一瞬にして場が凍り付いた。



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| 2017.04.25 Tuesday | ニタモノドウシ | comments(6) | - |
第一章 嫌悪 〜真意が見えない〜

「靴を履き替えたら、向かいの喫茶店に移動して下さい」
メンバーの男性が叫んでいるのが聞こえたので、みんな言われた通り、ゾロゾロと喫茶店に向かった。
全員が着席したところで、アイスコーヒーとケーキを人数分、と先ほどの男性が注文した。しかし、甘いものが苦手な由香は店員を呼び、私だけケーキなしで、コーヒーは砂糖とミルク入なら両方入れないで下さいと小声でお願いした。
「格好いい!お姉さんブラックですか?」
声のする方向を見ると、新井さんだった。
『やっぱり嫌いだ、あの男』由香は彼の言葉を完全に無視しながら、自分のその言葉をぐっと飲み込んだ。

「君、隣のレーンにいた、すごくボウリング上手かった子だよね?」
新井さんを睨む由香に、隣の男性が話しかけてきた。彼はさっきのんちゃんが駆け寄って、由香がサークルに正式に参加すると告げた男性だった。
「ボウリング、好きなんですよ」
褒められたことに気を良くして、由香は笑顔で答えた。
「抜群に上手かったよ。俺なんて100ぎりぎりだったし。おまけにもう体中が痛くて。高校の頃はスポーツ万能、モテモテ青年だったのになぁ。あ、俺、伊藤って言います。よろしく!」
自分を伊藤と名乗った男性は、首を左右にゴキゴキ振りながら笑って言った。
「よろしくお願いします」
由香は、少し微笑みを浮かべながら言った。
「伊藤!嘘つくなよ。えっと、俺は浅田、よろしくね。俺、こいつと高校のときからずっと一緒だけど、全くモテたことなんてありませんから」
反対側の隣の浅田さんがそう突っ込んできたので、3人は顔を見合わせて笑った。

それからしばらく由香と伊藤さんと浅田さん、3人で学校の話やボウリングの話で盛り上がった。
サークルなんて、恋人探しのつまらないところかなと思っていたけど、そうでもなさそうだった。まだよくは分からないけど、みんながみんな、恋人探しにギラギラしているようなところではなさそうだ。
それに普通だと知り合わないような人に出会うことが出来るし、ここから広がる輪が、もっと違う人と知り合うきっかけになるかもしれない。
そういう繋がりは嫌いじゃない。浅めの繋がりは好きだった。
ただ、男女共に深いつながりを持つことは、由香にとって苦手なことだった。

「じゃあ、今日はこの辺でお開きにします。次回のサークルについては、また後日連絡します」
小一時間ほど経ったとき、伊藤さんが立ち上がってそう言った。
喫茶店を出て、それぞれ帰途に着いた。
由香がのんちゃんとバス停に向かって歩いていると後ろから声がした。
「じゃ〜ね〜、ブラックコーヒーの格好いいお姉さん〜」
その声に振り返ると、腕に鈴木さんがぶら下がったままのふざけた男、新井さんだった。
「新井さんったら!他の女の子なんて見ないでよぉ」
鈴木さんはそう言いながら、彼の頬を叩く真似をしていた。
由香は、彼らに挨拶をすることもなく、踵を返した。

「ね、あの新井さんって人、いつもあんな感じなの?」
帰り道、一緒にバスを待つのんちゃんに由香は、嫌悪感たっぷりの顔つきで聞いた。
「どうだろ?私は学部が違うから、よく知らないけど、サークル発足の会をやった時にはあんなに騒がしくなかったよ。人望もあついみたいで、他の男子からも頼りにされてるよ。彼、リーダーだし、このサークルの」
のんちゃんは何気なくそう言った。
「え?あの人がリーダーなの?伊藤さんじゃないの?やっぱりやめておけば良かった」
由香はうつむき加減で言った。
「まぁまぁ。彼には彼の良いところもあると思うよ。それに、人間20人も集まれば、好きなタイプも、苦手なタイプもいるって」
「私、あの人とは仲良く出来そうもないよ。真意が見えないし」
「真意?10年以上つきあっても、私には未だ由香の真意が見えませんが?」
のんちゃんは首をすくめて、おどけながら言った。
彼女のいうことについては、その通りかもしれないと苦笑いしたけれど、新井さんについての話は何もうなずけなかった。



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| 2017.04.20 Thursday | ニタモノドウシ | comments(6) | - |
第一章 嫌悪 〜ムカつく男〜

約束の土曜日がやってきた。初めてのサークルはボウリングだった。
ゲームの前に通っている学校や学部などそれぞれ自己紹介をし、その後勝負が始まった。チーム対抗で、最下位チームが1位チームのゲーム代金と、あとで行く喫茶店代を払うということだった。
由香は真剣に投げていたが、他の人はしょせんお遊びとばかりに、ふざけてばかりいた。特に女の子はガーターをとることが宿命のように、溝掃除をしては「やだぁ」と甘えた声を出しては「大丈夫、大丈夫」と男性たちに慰められていた。
ムッとした顔の由香を、のんちゃんが隣のレーンで見て、苦笑いしていた。
しかし、甘えた声で身体をくねらす女の子たちよりムカついたのが、隣のレーンで投げている男だった。
「遊びなんだからさ〜そんなに必死になるなよぉ」
と言ってふざけながら、自分は散々ストライクを出し、由香のいるチームと最後まで1位を争っていた。

結局、ゲームは由香のチームが2位、そのムカつく男がいるチームが1位で終了した。
「さぁ、人のおごりで旨い茶を飲もう〜」
と言いながら、靴を履き替えるその男を、由香は睨むように見ていた。
「ねぇ、ねぇ、由香ちゃんも彼のこと気に入ったの?」
同じチームだった恵ちゃんが、男を指さし、由香の耳元で言った。
「まさか、私がもっとも嫌いとするタイプなの。あんなふざけることしか知らないようなお調子者の男」
と反論したけど、恵ちゃんは由香の話など、耳に入らなかったかのように言った。
「でもね、このサークルの女の子は、ほとんど彼目当てみたい。特に、ほら、あの子、もうべったりでしょ?」
彼女があの子と指さした女は、その男に
「新井さん、惚れちゃったわ〜」
と言いながら、腕にぶら下がるようにじゃれついていた。
あんな女まだいたんだ…と思いながら、由香が見ているところに、のんちゃんがやってきた。
「何見てるの?あ、新井さんにぶら下がってる女ね。彼女、私と同じ大学で国文の子。でもねぇ、話合わないんだ、私とは。多分、由香ともね」
のんちゃんは、そう言って苦笑しながら続けた。
「彼女の家、画廊やっていて、お金持ちらしいよ。ほら、鈴木画廊ってあるじゃない?そこのお嬢様。あの子は気にしなくていいよ」
その画廊なら知っていた。由香が通っていた高校のすぐそばにある画廊だ。
「まだあんな女いるんだなと思って呆れて見てただけだから」
由香ものんちゃん同様、苦笑しながら答えた。
「それじゃ、正式にサークルに入る?入っていいってことよね?」
「え、いや、そういうことじゃなくて…」
と、由香がまごついているあいだに、のんちゃんは一人の男の人に駆け寄った。
「伊藤さん、由香ね、サークルに正式に入るって」
伊藤さんと呼ばれた男性は由香に向かって「よろしくね」と手を振っていた。
由香の方も、今更嫌だとも言えず、会釈した。

しかし、あの嫌な男、新井さんとその腕にぶら下がる女、鈴木さんは、そんなやりとりに見向きもせず、ずっといちゃいちゃしていた。



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| 2017.04.15 Saturday | ニタモノドウシ | comments(4) | - |
第一章 嫌悪 〜のんちゃんからの電話〜

「もしもし?由香?久しぶり。私、典子」
典子、通称のんちゃん。
彼女は由香の小学校の時の友達で、かなりの才女だ。全国的にも有名な某四大に、上位の成績で入学した。
中学に上がる時、由香は引越したのだが、未だつきあいは続いていて、それはもう10年以上になる。

「本当に久しぶりだね。のんちゃんのところも今日入学式だったの?」
「うん、そうだよ。由香ったら、高校も女子校だったのに、大学まで女子大に行かなくても」
「女の園も、馴れたらそれなりに面白いこともあるよ」
「そう?私には考えられないな。まぁ、それはいいんだけど。由香、前にサークルなんて興味ないって言ってたよね?」
「うん、ないよ」
「良かったぁ。じゃ、どこのサークルにも入ってないってことだよね」
「もちろん。けど、まさかのんちゃんまでサークルの勧誘じゃないよね?」
由香は、眉間に皺を寄せながら聞いた。
「あ、分かった?」
「入らないよ、私、絶対」
「大学の先輩が作ったサークルで、男はみんなうちの大学の人なんだけど、女の子はいろんな大学から集まって来るの。一度だけでいいから来て。それでもし由香が嫌だったら、それきりでもいいから。作ったばかりで人数が少ないんだ。お願い!」
のんちゃんは、由香の言葉など、全く意に介さず話し続けた。
「私、本当にサークルには興味ないの。決まった何かをするっていうのも苦手だし。それにサークルなんて入る暇があったらバイトしてお金儲けしたいの」
「大丈夫、うちは決まったことをするわけじゃなくて、今日はボーリング、今度は飲み会って感じで毎回違うことをする、非常に適当なサークルなの。先輩たちもみんなバイトしてるし、バイトしながらでも平気だから」
「私はいいよ。悪いけど、誰か他を当たって」

そんな押し問答はしばらく続き、由香はその後もかなり抵抗した。しかし、結局のんちゃんに押し切られ、次の土曜日のサークルに顔を出すことになってしまった。
「じゃ、楽しみにしてるね」
のんちゃんは、嬉しそうに電話を切った。
彼女の弾んだ声とは裏腹に、由香の心にはどんよりとした重い空気が流れていた。



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| 2017.04.12 Wednesday | ニタモノドウシ | comments(8) | - |
第一章 嫌悪 〜サークル〜

「由香、由香、ね、もう決めた?」
そう言って、後ろから抱きついて声を掛けてきたのは、智美だった。
智美は高校の時からの同級生で、同じクラスになったことはなかったが、何となく気が合い登下校を共にする友人だった。
智美の後ろには、同じく高校の時の友人が、数人連なっていた。
「何よ、いきなり。びっくりするじゃない。決めたって、選択教科のこと?まだ決めてないよ。内容もよく分からなかったし」
由香は、しかめっ面をしながら答えた。
「選択教科?何言ってるの。私が聞いてるのはサークルのこと、サークル」
智美はサークルの部分だけ、やけに強調しながら、興奮気味に言った。
「サークル?」
「そう、サークルよ!どこに入るの?私はねぇ…」
「サークルなんて入る気ないよ。そんな、飢えた女が、ギラギラした目で男探しするようなところ」
由香は智美の言葉を遮りながら答えた。
「また始まった、由香の男嫌い。そんなこと言わないで、一緒に入ろうよ。テニスサークルなんだけど。コート、うちの学校からすぐのところだし」
智美は、由香の冷たい言葉にもめげずに言った。
「だ、か、ら、私は入る気ないって」
由香は、心底嫌そうに答えた。

私立の高校を卒業し、エスカレーター式の女子短大に入学した彼女たちは、今日が入学式だった。
式のあと、講堂に残された新入生たちは、必須教科や選択教科、単位や優良可などという話を頭に詰め込まれ、帰路に着くところだった。
みんな、期待と夢で高揚した様子だった。
しかしその高揚は、決して数日後から始まる講義に対するものではなく、サークルに向けられたものだった。智美に限らず、選択教科について関心を持っている友人など、誰一人としていなかった。

彼女たちが通う短大には、少し離れたところに姉妹校のような共学の四大があり、そこの学生が主催するサークルに入る子が多かった。
智美の後ろに連なった友人たちも、それぞれ違うサークルではあるが、その四大のサークルに入るのだと、口々に話していた。

「じゃあね」
由香は智美たちに手を挙げて門を出た。
智美はまだサークルの話をしたそうだったが、そんな目線を無視して、由香はその場から立ち去った。

「サークルねぇ…」
智美を初めとして、友人たちの高揚した様子が浮かんだ。
由香にはサークルなんていうものの大事さや楽しさが、さっぱり分からなかった。
そこまでして男探し、女探しがしたいのだろうか?恋人が欲しいのだろうか?異性と接点が欲しいのだろうか?
心の中で自問したが、答えは出なかった。


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| 2017.04.07 Friday | ニタモノドウシ | comments(4) | - |
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